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昨日は結局そのまま陸のマンションで寝てしまい、昨日と同じスーツのままで出勤となった。
寝たはずなのに疲れが取れず、思わず大きく欠伸をする。
閉まりかけのエレベーターに気がついて、鞄を抱えると駆け足でギリギリ、細い入り口に身体をねじ込んだ。
「ぎゃ……」
「ぎゃ、とはなンだ。ご挨拶だな」
エレベーターの中には主任が、相変わらず不機嫌そうに眉寄せて壁に凭れて立っていた。
「何でアンタがいるんだよ……」
「てめェが後から乗ってきたくせに何言ってやがる」
チーターか豹か、とにかくめちゃくちゃ早く走る系の動物みてーな、鋭い眼孔。
腕組みをして睨まれただけで、背筋が竦む。
俺は平常心を装ってアイツに背を向け入り口近くに立った。
その態勢を取ってからすぐに後悔した。
真後ろから感じるアイツの視線。
暗殺者を背後に携えたかのような無防備なこの姿勢に、居心地悪さを感じるものの、今更動くのもわざとらしく、俺は胸元のお守りに触れようと手を伸ばした。
「………!ない!!」
思わず素っ頓狂な声が喉をついた。
焦って胸元以外のポケットを弄るもその手応えは無い。
何処かで落とした……!?
身体が地下に吸い込まれるが如く力が抜け、がっくりと項垂れる。
「どうした」
主任の声が背後から響いた。狭い四角いエレベーターの中は、いつもより余計に低い声が心臓を抉る。
「落とした………」
「何を」
「アンタからもらった煙草!!!」
「あァ?」
後ろのアイツがどんな顔してるか想像も出来ない。それくらい俺はテンパっていた。
「気に入ったなら、あんな物いつでも……」
「違う!!!」
思わぬ大きな声が出た。
「あれじゃなきゃダメなんだよ!……あれじゃなきゃ……」
だってアレは。
アンタが初めて俺に。
笑顔と一緒にくれた物だから。
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