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この安本だけだ。どうにかしてやりたいと思う。事情を聞くのは、明日にして、私は冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、安本に強引に押し付けた。
「呑もう? 嫌なことを忘れてしまいましょ?」
「そう、だな。うん」
そうすると安本は頷いて、缶ビールのプルタブを押し上げた。二人でつまみを買い込み、嫌なことを忘れるように酒を呑んだ。そうやっていれば、一時でも忘れられると、私は思っていた。家にいるから悪夢を見るのなら、家にいなければいいという安直な考えだったと気づかされるのは、時計が十二時を回った頃だ。
酔いつぶれて、床に寝転んでいた、若本がカッと目を見開き、彼は立ち上がった。
「若本?」
「帰らなきゃいけない」
「え?」
「あれが来る。あれから逃げなくちゃいけないんだ」
若本は、目を見開いてずっと遠くを見ていた。私なんか眼中にはないように、フラフラと歩き出した。
「若本。若本、どこに行くのさ。待ちなって」
片手を掴んで、彼を引き止めようとしたが安本は、私を見るなり、まるで化物でも見るような嫌悪感でいっぱいな表情で私の手を振り払った。
「来るなッ!! 俺を追ってきたんだな!?」
叫ぶと同時に安本は部屋を飛び出した。ドタバタと足音を立てて、外に飛び出した。
「安本!! 待ちなっ!! 待ちなって!!」
このまま彼を外に出してはいけない。このまま外に出したら、何か手遅れになるような気がする。缶ビールを蹴り飛ばして、外に飛び出して行った、若本の背中を追いかけた。
若本は、時折、後ろを振り返りながら私を見て、驚きと嫌悪の感情を剥き出しにして私に何か叫んでいた。言葉にならない何かを叫びながら、どんどん、どこかにめがけて走り続けていく。
「私に気づいていないのか?」
まるで、もっと別の何か、若本が言っていた『あれ』かもしれなかった。
「若本、落ち着け。止まれっ!!」
「来るな!! 来るな!! 来るな!! 俺を殺すつもりなんだろう? 俺に何かした────がっ!?」
若本の身体が吹っ飛んだ。え? と私は、その場で立ち尽くした。走っていた、若本の身体が猛スピードで走ってきた、トラックによって吹き飛ばされたという事実を気づくのに、数秒ほどかかった。クジャッ!! と肉の潰れる音と共に道路に真っ赤な赤色の血溜まりが広がっていく。若本はピクピクと身体が痙攣していた。
「……若本?」
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