第一章

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真夏の焼け付くような日差しと気だるい湿度の中でスーツ姿の男がハンケチで額の汗をしきりに拭っている。 駅のロータリーの対岸にある大きな雑居ビルの壁面に設けられた電子ビジョンにけたたましくヒットチャートのランキング映像が流れていて、その隅に居場所を無理矢理作ったように【現在の気温、三十二度。】と、小さく無機質な文字が表示された。疲れた顔の男は暑さを物語るように重い腰を溜息混じりに木造りのベンチへと下ろした。 手元の腕時計に目をやると丁度、十八時に差し掛かるところだ。そのまま鞄からエビアンのペットボトルを出し渇きを潤すと、また鉛のような重たい溜息が漏れた。 真夏の最中の夕刻は陽が暮れるのが遅く、まだ昼間を思わせるようで、行き交う往来の人々も暑さから逃げるように忙しなく額の汗を拭っている。 ふと、先程の電子ビジョンに目をやると、今週の一位として某有名アイドルグループの最新シングルの映像が映し出されている。最近はどれも似たような感じがして何がなんだかわかったもんじゃない、それは音楽に限ったことじゃなくて容姿だってそうだ。今、流行りのそのアイドルグループだ、なんだって自分の意見を言わせてもらえば誰と誰がすり替わったってちっともわからん……。 男はそんなことを心中でぼやきながらまた水を飲み干すと、そのまま一息に握りつぶした。 なんとなく、何かに苛立っているのかもしれない。けれど、それが明確には良くわからない、ただ単純に毎日に物足りなさを感じているような、そんな空虚な気持ちを抱いているのだった。 男の名はタケヤマと言う。 年齢を三十にして旅行会社の添乗員として働いている。住まいは先程から話に出てきている、ここ立川で、職場も立川である。 両親は地方の山麓で細々と暮らしていて、彼女はいない。容姿は悪いわけでも、いいわけでもない。背も高くもなく低くもない。極度の喫煙、飲酒が災いしているのか、女より男の友人の方が多く、それも決まって似たようにひとりもので飄々としている、そんな無頼漢ばかりが集まっている。言うまでもないが全員、いい感じのビール腹だ。 先程からロータリーに腰掛けて、街の風景を眺めていたわけだが、一日に何百、何千、いや、何万という人間が行き交っているだけあって、そこには多種多様、十人十色の生活模様が現れている。
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