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藤田さんは、鞄と共にジャケットを脱ぎソファーの上に投げ捨て、首元のネクタイを緩めながら、対面キッチンへと入る。
普通に流れで藤田さんの家にお邪魔したのは良いものの、男の人の家に入るのは、小学生以来だ。
もはや、男の人の家に入るのは初めての状況で緊張して、食欲も湧かない。
「ふ、藤田さん……っ!ご、ご飯は要らないです!あまり食欲無くて……」
「そうか……?お茶は……?」
「そ、それだけで……。お願いします……」
「分かった。とりあえず散らかってるが、ソファーに座っていてほしい。立っていたら疲れるだろう」
「うん……」
落ち着かない気持ちでソファーに腰掛けると再度、部屋を見渡した。
白と黒を基調とした統一感のあるリビングだ。
口では散らかっているというが、どこが散らかっているのか……。
私は試しに、ガラスのテーブルを指で拭ってみた。
ほ、埃一つ指に付かない……っ。
潔癖症なのかな……。
「はい。渋かったらすまないな」
「渋かったらって……わざわざ淹れてくれたんですか!?すみません、手間をかけてしまい……」
「いつものことだが?」
「あ、はあ……」
湯呑みをお盆に乗せて持ってきた藤田さんは、テーブルにそれを置くと私に湯呑みを渡してきた。
そして、緩めていたネクタイを取ると、脱ぎ捨てていたジャケットの上に投げ捨て、その傍に腰を降ろす。
隣に並んで座られるとどうも居心地が悪く、少しだけ距離を置いた。
「はぁ……疲れた」
「お疲れ様です。あの……私、お邪魔ですよね……。少ししたら……お暇するので……」
「ゆっくりしていけば良い」
「でも、お疲れみたいだし……」
「気にしないで……」
ソファーにもたれて瞼を伏せながら、少し砕けた口調で話す藤田さんを見つめて、私を黙り込んだ。
私は、居心地が悪い気持ちはしないものの、どこか手持ち無沙汰な気がして、取り繕うようにして、湯呑みに口付ける。
ちょうど良い熱さで、ほんのり優しい味がした。
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