浅葱者

13/18
前へ
/220ページ
次へ
藤田さんは、鞄と共にジャケットを脱ぎソファーの上に投げ捨て、首元のネクタイを緩めながら、対面キッチンへと入る。 普通に流れで藤田さんの家にお邪魔したのは良いものの、男の人の家に入るのは、小学生以来だ。 もはや、男の人の家に入るのは初めての状況で緊張して、食欲も湧かない。 「ふ、藤田さん……っ!ご、ご飯は要らないです!あまり食欲無くて……」 「そうか……?お茶は……?」 「そ、それだけで……。お願いします……」 「分かった。とりあえず散らかってるが、ソファーに座っていてほしい。立っていたら疲れるだろう」 「うん……」 落ち着かない気持ちでソファーに腰掛けると再度、部屋を見渡した。 白と黒を基調とした統一感のあるリビングだ。 口では散らかっているというが、どこが散らかっているのか……。 私は試しに、ガラスのテーブルを指で拭ってみた。 ほ、埃一つ指に付かない……っ。 潔癖症なのかな……。 「はい。渋かったらすまないな」 「渋かったらって……わざわざ淹れてくれたんですか!?すみません、手間をかけてしまい……」 「いつものことだが?」 「あ、はあ……」 湯呑みをお盆に乗せて持ってきた藤田さんは、テーブルにそれを置くと私に湯呑みを渡してきた。 そして、緩めていたネクタイを取ると、脱ぎ捨てていたジャケットの上に投げ捨て、その傍に腰を降ろす。 隣に並んで座られるとどうも居心地が悪く、少しだけ距離を置いた。 「はぁ……疲れた」 「お疲れ様です。あの……私、お邪魔ですよね……。少ししたら……お暇するので……」 「ゆっくりしていけば良い」 「でも、お疲れみたいだし……」 「気にしないで……」 ソファーにもたれて瞼を伏せながら、少し砕けた口調で話す藤田さんを見つめて、私を黙り込んだ。 私は、居心地が悪い気持ちはしないものの、どこか手持ち無沙汰な気がして、取り繕うようにして、湯呑みに口付ける。 ちょうど良い熱さで、ほんのり優しい味がした。  
/220ページ

最初のコメントを投稿しよう!

166人が本棚に入れています
本棚に追加