第1章

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 今風にいえば黒板だが、当時としては良く考えている。  祖谷蕎麦と蓬(よもぎ)餅、酒を二合と鮎の塩焼きに○印が付いた。紊一郎はその○印の上に1234と書き加えた。すると少女がにっこりと頷いた。紊一郎は軽く頷き目で笑い返した。  1の酒と2の鮎の塩焼きがきて、暫くして3の祖谷蕎麦がきた。最後に4の甘い蓬餅がきた。両方いける口である。    隣席の武士が顔を見合わせたあと、慌てるように立ち去ったことが気になっていた。考えられることは一つしかない。  勘定奉行は何手かの追っ手を放ったに違いない。騎馬で海堂を追ったのは先発組で、伊予本道南岸路を行き、茶店にいた四人は後発組みだ。着けていた旅装束からして、何処かで交替するに違いない。  奉行は海堂保之介を討ち果たすまで追わせる気なのだ。  茶店を出た紊一郎は、周囲に気をくばりながら進んだ。雨は小降りになっている。谷口、清水と通り過ぎ、右手に加茂の杜をみて勢力に入り、江口の渡しで伊予本道南岸路へ出た。  川北本道をそのまま進んでも、池田で泊まるには洲津の渡しで南に出なくてはならないからだった。  雨音の背後に、草鞋を踏みしめて追ってくる数人の気配があった。その足音の数からして、茶店にいた武士のようだ。気をたかめつつ間合いを詰めて来る。  誘ってみるかと紊一郎は脇道へさりげなく逸れた。前方に小さな社を認めた紊一郎は、後ろの気配を確かめつつ、その鎮守の杜への道を小走りに走った。  やはり、追って来た。間違いなく奉行一派であろう。鳥居をくぐった先に社殿があった。前はかなりの広場だ。    両側には寄進者の名を刻んだ腰の低い石柱が、びっしりと並んでいる。社殿左横には土盛りした屋根付きの土俵が設えてある。常設の土俵のようだ。村相撲が盛んな土地柄らしい。  紊一郎は社殿前の五段ばかりの石段を跳び上がり、一息入れた。ゆっくりと討っ手を見渡した。四人の男は素早く雨合羽をかなぐり捨てて抜刀した。  問答無用とばかり石段下まで迫ってきた。紊一郎も要心しながら合羽を脱いだ。蒸れていた全身に、雨交じりの涼風が心地良い。 「勘定奉行の手の者か!」 「………」 
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