第1章

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 男たちは無言である。いずれもかなりの遣い手とみた。四人揃って石段を一段一段ゆっくりと上がって来る。階段の幅はおよそ三間。上がり切ったところは社殿を囲んだ一間幅の回廊だ。  その中央に賽銭箱があり、真上に打鈴の布縄がだらりと下がっていた。  紊一郎はその鈴縄を掴むやいなや、一気に右に寄った。鈴の音がけたたましく杜に響き、樹木の枝間に雨宿りしていたのか、雀が一斉に飛び立った。  すざましい羽音だった。男たちも一気に回廊に跳び上がった。斬ってくれといわんばかりに一列に並んでいる。    紊一郎は握っていた鈴縄を男どもに向かって離し、間髪をいれず四人の頭上を跳んだ。その瞬間すぐ前の男の顔面を縦割りに斬り、越えたところで、最後尾の男を振り向きざまに下から斬り上げた。  残った二人の面上に驚愕のおののきが走り、転がるように階段を踏み外して落ちた。  紊一郎は再び跳んだ。まさしく異名どおりの〝猿〟の如くである。二人の前に立ち塞がった紊一郎は、必死に突いてきた一人を体を躱しざま、男の頸動脈に刀を叩き込んだ。絶叫が杜を揺るがし男が果てる。  残った男はやみくもに刀を振り回すだけだ。すでに狂気のざまである。憐れだとみた紊一郎は近寄りざま心の臓を刺した。  血の臭いが辺りに漂ってゆく。いつ嗅いでも嫌な匂いだ。けたたましく鳴った鈴の音と、耳をつんざく雀の羽音に何事かとやって来た里人の影が、樹木の間に見え隠れしていた。  紊一郎は彼らを手招きし、村役人を呼ぶよう告げた。四半刻後にやってきた村役人に事情を話し、大目付兵藤圭助宛の書状を託した。    一夜明ければ快晴だった。  伊予との国境までは細野峠を越えるとあと三里だ。途中佐野番屋に立ち寄り、騎馬で駆け抜けたという海堂保之介と、勘定奉行一派の消息を訊ねた。    奉行一派は馬を番屋に預け国越えしたと言った。一方、海堂らしき単騎の者は、そのまま騎乗して通過したと言う。他領の街道を大胆なと思ったが、海堂はなんと「公用」だと走り去ったという。  ──保之介め、なかなかやるな!  と、思ったがよく訊くうちに人違いのようである。  墨壺と矢立を出し、半紙を借りて保之介の人相を示した。われながら良く似せたと思ったが、番屋役人は首を横に振った。保之介は丸顔なのに男は面長だったという。そのうえ歳は二十歳ぐらいと言った。保之介は三十歳になったばかりだ。 
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