第1章

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 襖の向こうでも控えていたのであろうか。良雄がすぐ現れた。 「加賀見さま、お久しゅうございます。襖の陰でお聞きしました。兄のためご尽力頂き忝のうございます。追っ手には気付いておりましたが、川北本道にも追っ手がいたとは迂闊でした」 「保之介は、何処へ行かれた?」 「江戸へ向かいました」 「やはり江戸だったか、舟だな」 「良くお分かりですね」 「いや、お主が佐野番屋に現れたと判明したとき、保之介はたぶん江戸だなと。舟は新浜綱三郎の持ち舟であろう」 「さすが大目付補佐人の加賀見さま。そのとおり新浜綱三郎どのの塩舟で江戸へ向かいました」  新浜綱三郎は阿波南方答島の塩業者で、千石舟を数隻持つ回漕業者でもある。主の綱三郎は江戸で修行したという遣い手でもあった。木崎道場にもときどき顔をだしていた。 「それはそうとして、当屋敷を探し出したあと、周辺を探索してみると、追っ手の影が見え隠れしている。気付いていたか?」 「はい、分かっております。しかし、彼らは兄を斬るため。まさか弟が囮だとは気付いていないでしょう。それとなく様子を見ようと外にでても、襲ってくる気配はないのです」 「彼らの使命はあくまで保之介抹殺にあるからだ。お主を襲うときは保之介と一緒のときだ。奴らは保之介が当屋敷内に匿われているとみているのだよ。保之介が出て来るまでじっくり待つつもりだな」  そこで紊太郎は一息入れた。伊予松山藩の物頭である豊瀬志太郎の出方をみているのだろう。  豊瀬志太郎は瞑目したまま紊太郎の話に聞き入っている。紊太郎は続けて言った。 「それとも、痺れを切らして討ち入ってくるかな。いや、いかな勘定奉行の一派でも、他藩の重役宅を襲うほど血迷っていまい。どうだ良雄、奴らを罠にかけて誘き出し、一気に決着つけてみるか」  紊一郎は計画を話した。  思い付いたのは次のようなことだった。物頭宅に逗留することにした翌日の事である。その前夜夕餉の席に再び顔を出した豊瀬志太郎に会ったとき、肚を決めたといっていい。  紊太郎が二人に訊いた。 「面白そうだな」  志太郎が相槌を打った。 「ただ、徳島の兄者には内緒にしておこう。揉め事大好き人間だから、悔しがるだろうな」  志太郎が苦笑しつつ平然と呟いた。十人相手に三人で討ち取ろうという物騒な計画なのに!   
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