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「どうする!……」
と問われても、どうすればいいのか分からなかった。ひとつだけ言えることは、この姿からどうやって抜け出すかだった。
「馬鹿め!……」
また地の底から湧き上がるような罵声が届く。
いったいここは何処なのか。じっと耳を澄ますと、はるか足元の底で何やらひしめき合い、罵りあう声に混じって、石臼の軋みのような、ギ、ギ-、ガギと鳴る不気味な音が、途切れとぎれに吹き上がってくる。
ギーがふっと止んだ合間には、ガギ、ガギ、ガギと骨を噛み砕くような音と、ギァーという何かの断末魔の叫び声までが聞こえてくる。
「おおい、逃げる算段はもう出来たかい!」
聞き覚えのある声のようだが、どうしても思いだせない。声はさらに続いた。
「ここまで迷い込んだ以上、そう易々と逃げられはせん。まあ、これまでの殺しの数でも指折りながら、懺悔の祈りでも唱えておりな。
どうせ、お前さんの命も後半刻だろうよ……。運がよけりゃ光りの里に戻れようが。まあ、闇の世界もそう捨てたもんじゃねぇ。
そうだ、懺悔の前にその縄目をどう解くかだな。見たところ光りの里に未練たらたらのようだが、まあ、精一杯頑張るこったな。
このわしも忙しい身でな、お前さんにいつまでも関わっている訳にはゆかねぇんだ。何しろ、日にも日にもお前さんのような手合いが押し寄せてくるもんでな……。
最後の足掻きに何なりとやってみな。お手並み拝見は半刻後の愉しみにしてやらぁね」
声はそこで途切れた。それが潮時だったのか、吊られていたはずの体がゆっくりと傾いてゆく。足から胴と荒縄で縛りあげられ、芋虫のように後手に釣り下げられた体が、冷たい固いものの上に落ちたようだ。
頭部に下がり切っていた血が、徐々に全身に行き渡るのが分かった。そのむず痒さは堪えようがないほどだ。
(あと半刻か、何としてもこの場から脱出せねば……)
男は徒目付の一人だった。
男はもがいた。もがけばもがくだけ荒縄は締まってゆく。何とかして、腕に巻き付いた荒縄を先に解かねばならない。
目を見開いて回りを見た。視界に捉えられるものは何もない。あるのは闇がどこまでも支配しているだけだ。あるはずもない刀を求めても、目が虚ろになるだけだった。どうやら無駄な抗らいらしい。
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