第1章

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「お目付がお出ましとは面妖な?」  式台に下りた大柳が、左頬を引きつらせている。まさか目付が現れるとは想わなかったのだろう。 「それはそっくり、そこもとに返す」 「これはしたり、拙者わが主勘定奉行の命で参った。お目付など支配違いであろうが」 「口が過ぎますぞ、用人どの。いかにもそこもとの主は勘定奉行の西林どのだ。しかし、そなたは西林家の用人に過ぎない。藩公の直臣ではない。西林家の用向きこそ差配こそすれ、藩公務に口出しなど片腹痛いわ。念のために訊ねるが当所に何用あって参っておる」  こめかみに青筋を立て、握りしめた両の拳を小刻みにふるわせた大柳が、紊一郎をぐっと睨みつけた。 「お奉行の命を受けておる」 「その命令とは如何なるものか、有り体にもうせ」 「用向きの仔細など、そちに明かす必要はないわ」  衝立の陰から、片桐籐兵衛 がこちらを窺っている。 「言えぬなら、身どもが聞かせようか!」    紊一郎が決めつけるように言った。 「面白い、たかが徒目付の若造が奉行の内意を承知だというのだな」 「如何にも、海堂保之介の探索に関わる隠蔽工作であろうが。どうだ、図星であろうが!」  大柳の目が一瞬およいだ。それを隠すように虚勢を張った。 「海堂のことなど、とんと知らぬわ」 「まあいいわさ、そこもとと同じ穴の狢(むじな)が十人、海堂を追って城下を出た。ここにも今朝寄ったはずだ。並川の仇討ちなら縁者で固めてこその仇討ちだ」  大柳は無言で紊一郎を睨んでいる。 「そうであろうが、用人どの。海堂を追う前に屋敷に踏み込んだのも、証拠物件を奪うがためであろう。ま、少々遅かったようだの。その品々はその筋に届いておるわ。……馬鹿め!」 「きさま!」  大柳が腹のそこから搾り出すような濁声で呻いた。 (目付がここまで知る以上、大目付は確信を握ったに違いない。奉行は切腹、いや断首であろう) (それだけでは済むまい。共犯の儂も間違いなく打ち首! クソ!)  ──抹殺……。 (それしかない。知りすぎた奴らは口を噤んでもらうしかない。奉行に内緒でくすねた金子も積もり積もって千五百両はある。これも西林家から致仕した後の楽隠居のためだ) (そのささやかな夢を前にして……。此奴らに潰されてたまるか!)  用人が鯉口を切った。若党二人が素早く左右に動いた。間合いをとるためだ。  
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