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手代の片桐籐兵衛の姿は、衝立の陰から消えていた。逃げたに違いない。
「加賀見、少々知り過ぎたようだな」
言い終わらぬうちに大柳が抜刀した。左右の二人も同時に鞘走らせていた。
「用人どの、悪あがきは見苦しい。武士たるもの往生際ぐらい潔くしたらどうだ」
大柳が中段に構えた。若党二人は正眼にとっている。どうやら三人とも本気らしい。三人が放つ殺気は手練れのようだ。
用人の切っ先がすっと動いた。その動きに呼応するように、若党が同時に踏み込んできた。
その転瞬、紊一郎の体が宙に舞い、下りざまに大柳の右肩を峰で痛打した。返す刀で若党二人の脚をしたたかに打った。どれも峰打ちである。
崩れ折れた大柳の足首を聖柄(ひじりづか)で打ち据えた。不気味な音がして足首の骨が砕けたようだ。右肩の骨も砕けているはずだ。
二人の若党も崩れ落ちたまま立ち上がれない。三人の額から脂汗がしたたり落ちている。顔面は蒼白になっている。
「峰打ちだ、命に別状はない。歩けるようになるかどうかは手当しだいだな」
紊一郎は手代を問い詰めようと座敷へ上がった。襖を開けたところが執務部屋であった。片桐を含めた三人の手代が部屋の隅にいた。
片桐籐兵衛が脇差しを抜き、頸動脈に当てていた。どうやら自刃するつもりのようだが、そこから先に腕が動かぬらしい。
あとの二人は差し違えようと刀を抜き、対座している。この三人の手代も公金横領の片割れらしい。そうでなければ自刃など思い付くはずがない。
「籐兵衛、そう死に急ぐことはあるまい。洗いざらい白状すれば、お上にも慈悲はある。止めておけ、そこの二人も」
籐兵衛が刀を鞘に収めた。あとの二人も思い直したようだ。
「拙者ら三人、ほんの出来心で一両ばかりくすねてしまった。そのことが用人どのにばれ、五分一所ぐるみで横領を重ねる仕儀になった。裏帳簿は正確につけてござる。全て大目付様に申し上げる。どうかご慈悲を……」
三人が口々に言った。
「あのときの一両以外、びた一文くすねてはおらぬ」
「判った。その裏帳簿とやらを出して貰おうか。……それとだ、玄関の三人門柱に縛り付けておく。縄を持ってきてくれ。追っつけ大目付配下の目付が来る。それまで逃がさぬようにしろ」
籐兵衛が跳ね上がって裏へ走った。
およそ、一刻あとに玄関で馬のいななく声がした。
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