第1章

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 そこに大目付兵藤圭助の姿があった。供は目付桜井金吾と鵜飼七之助、大目付の嫡男兵藤信助も立っていた。    「どうした、此奴ら?」  蹲り呻いている三人を見た大目付が、ただでさえ大きな目を見開いて紊一郎に問うた。  つい先刻の経緯を手短に話した。 「そうか、さすが加賀見だの。その裏帳簿とやらはどれだ?」  籐兵衛が走り寄り、両手に抱えた和綴じの冊子を手渡した。それはほんの一部で、あと二人の手代が出してきた風呂敷包みは十個はあった。  それぞれ二三十冊は入っており、この数年にわたる横領の仔細が詰まっているといえる。 「お主らも同類か?」  大目付の目が厳しく光り、三人の手代はひれ伏したまま、消え入るような声で弁明した。 「お主らがくすねた僅かの金子が、勘定奉行一派につけ入る隙を与えたのだ。その罪や軽くはあるまい。……まあ、罪を悔い証拠物件を指し出した神妙さに免じて、罪一等は減じよう。加賀見の口添えがなければ手討ちに致すところだ」  吐き捨てるように大目付が言った。   「おい用人、さっさと立て!」 「立てと申されても、骨が砕けて……」  大柳が悲鳴を上げるような目で大目付を見た。 「立てぬと申すのか、馬鹿めが。加賀見に挑むとは大した度胸だ。結果はそのざまか。盲くら蛇に怖じずとは己のことだな。よし唐丸駕籠に押し込んで運ぶか。いや待てよ、担ぐ連中が往生する。荷駄代わりに荷車に括り付けて運ぼう」    大目付はそこでひと思案したあと、 「立て札を立ててな『この者ども岩津五分一所にて、藩金横領せしめし者なり、その責めは軽からず後日詮議のうえ死罪申し渡すものなり』と書いておけ。引き曳く手はそこの手代三人だ。加賀見これでどうだ」  大目付が満足気に紊一郎を見た。頷いた紊一郎に続けて言った。 「これで概ね片は付く、加賀見ご苦労だが当初の指示どおり海堂を追ってくれ。何としても帰藩させねばならん。藩財政を立て直すには海堂の力も必要だ。長くなるやも知れぬが頼むぞ」  大目付兵藤圭助たちとはそこで別れた。伊予本道へは引き返さず、そのまま川北本道を伊予へ向かった。次の渡し舟を待つ半刻が惜しかったのである。  一刻も早く海堂に追い付かねばならない。
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