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◇ ◇ ◇
木箱に詰まった、おがくずまみれのリンゴを郵便局へ持ち込んだ日だった。
朝から仕事へ出て行ったはずの父が、昼食より早い時間に帰ってきた。
今日は半ドンかい? と母と大わらわで父の分の食卓を用意し、近頃ではすっかり慣れた台所でのひとりごはんをしようと自分の分をお盆に乗せて腰を浮かせた時だった、「冷えは女に良くない。台所で食べるのは止めろ」と父が言ったのは。
幸子が帰郷してから自分から声をかけてきたのは初めてのことだったから、とっさに返事ができなかった。ああ、とかうう、とか、意味の無い呻き声しか出なかった。
元々、食事中は会話のない家だったから、もくもくと箸を動かすだけ。
しかし、今はさらにしんとして静かで、食器に当たる箸先が立てる音が、やけにかちかちと大きく聞こえる。
醤油差しを箸先で突き、倒しそうになって慌てて元に戻した。
真っ昼間なのに夜中のような静けさの中、箸を置いた父は、無言で小さな紙片を卓上に残して自室へ下がった。
身を乗り出して紙片を覗く母は言った、「切符だよ、東京からここまでの指定席だよ」
一瞬、何を言われたかわからず、たくあんを一切れかじる娘に、「何してるんだい!」と呆れた。
「早く出かけて送ってやんなさい! 速達使わないと間に合わないよ、郵便局も閉まっちまう!」
「うん?」
「ばかだね、この子は!」
母は膝を打って立ち、引き出しから封筒を出す。
「東京にいるあんたの彼氏に送ってやれ、って父さんが言ってるんだよ!」
会える。
彼にここに来てもらえる!
幸子は昼食もそこそこに一筆をしたため、大慌てで郵便局へ駆けつけた。
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