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幸宏の郷里からふたりで東京へ戻ってすぐ、幸子は実家に電報を送った。
『帰ります』
返事はなかった。
「戻ってすぐなのに、どうして?」小母は不平を漏らした。
「皆で暮らしていけると思ったのに!」
小母の隣には小父、つまり小母の夫がいた。
幸子が出かけている間に帰還したという。
なら、なおさら、久方ぶりの水入らずの時を過ごさせてやりたい。
「さびしくなるよ」
実家へ帰る汽車を見送った幸宏も不満げだった。
「今すぐ帰らなくてもいいじゃないか」
「ええ、でも……武の伯父様に手紙を書いてくれた礼も言わないと」
「それは僕にも言えることだよね、一緒に行くよ」
「だめ。今は――もう少し待って」
「うん……わかったよ」
ふて腐れる彼は、とても大人の男には見えない。
彼は彼女の前では素直に甘えてくる。
「もし……」幸子は俯いた。
「父が会ってくれなかったら……家に居場所がなくなったら……私、まっ先にあなたのところへ行く。こんな女でも……お嫁さんにもらってくれる?」
「もちろん」
迷いなく言い切る彼の言葉は力強い。あなたは私に勇気をくれる。
だから……前に進めるのだ。
待っていてね。
彼の胸に飛び込みたい衝動を抑えて、汽笛の音と共に幸子は旅立った。
ホームに立つ姿が見えなくなってもしばらく、身を乗り出したまま、彼が立つ方向を見たまま、動けなかった。
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