【12】帰還 

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◇ ◇ ◇ 夕食でも父と顔を合わせることもなく、母とふたりで台所で食事をとった。 懐かしい味だった。 これが我が家の味。しっかり覚えておくわ。 「香の物の漬け方……教えてほしい」 「あなたもぬか漬けを教わりたいと思うようになったのかい。どういう心境の変化? 先の結婚の時は一言も言い出さなかっただろう」 「そう……だった?」 「ええ。こんなことでやっていけるのかと心配になるくらい」 「そうだった……かな」 もう思い出せない、10年も20年も前の話のような気がする。 けど、大学に在学していた時間だって、ごくわずかな時だったけれど、私は幸宏に出会った。いろいろな人と関わった。 「そうそう」 母は立ち上がり、水屋から1枚の葉書を出す。 「幸子に。今日届いていたよ」 「私――に?」 差出人名を見て驚いた。 幸宏だ。 誰に読まれても心配の無い、ごくあっさりとした文章だった。旅の無事を祈る彼の気持ちが嬉しく、胸に響く。 「父さんはこの葉書のこと知ってるの」 「知らんぷりしていたけど、多分ね、気付いてるね」 「読んだかしら」 「盗み読みするようなことしたがらない人だけど、案外、目を通していると思うよ。誰なんだい?    男性だろう? 聞いたことがない名前だけど。増沢さんから以前話があった、大学の先生から紹介があった人なのかい」 「うん、そう。同じ教室で同じ先生から教わってたわ」 「相当優秀で、家柄も申し分ないと聞いているけど、帝大の医学部にいたって?」 「代々お医者様をつとめていた家なの。本人は医学部を中退してしまったけど」 「あら、もったいない。お医者さんにならなかったの。じゃ、今は何をしてるんだい。白鳳に入るくらいだからバカじゃないだろうけど。サラリーマンにでもなるつもりかね」
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