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◇ ◇ ◇
実家では、顔を合わそうとしない父に朝夕の挨拶をし、何度も無視され、日をまたぎ、次の朝を迎えた。
食事はひとり台所の板の間でとる。
季節だけは着実に秋へ、そして早い冬へと移っていくのに家の中の時は止まったままだ。ややもすると落ち込んでしまうけど、寝食が許されるだけましだわ、と気分を切り替えた。
庭を掃き掃除し、わずかに残った雑草を摘みながら、幸宏の家や彼の実家でも同じことをしたと思い出した。
幸子が庭に出ると、彼も縁側にやってくる。
本を片手にいつものように書き物をしているようでいて、その実、ちっとも筆は動いていない。
利き腕を怪我しているのだから仕方ないけど、何してるのかしら、見てるのかしら、と振り返ると、いつも彼と目が合った。
じっと見つめられていたり、たまたま本から顔を上げた時だったり。示し合わせたように瞳を交わした。お互いに和らぐ視線が温かく、愛は確かに存在すると信じたくなった。
全幅の信頼を寄せる瞳を私は知ってる。
以前も同じように私を見てくれた存在があった。
懐かしさより胸の痛みの方が勝って、思い出さないように記憶に蓋をしてきた。
コロ。
むくむくした毛に、くるりんと巻いた尻尾。
濡れた黒い鼻先をいつも押しつけてきて、振り切れんばかりに尻尾を振って出迎えてくれた。
いつも話を聞くよ、という目をして側にいた。
同じ温かさを与えてくれる幸宏。
コロは失われてしまったけど、あなたを今の私から消すことはもうできないわ。
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