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もう新しい草など生えてこない季節だ。造園された庭の片隅に、ふと目が行った。
コロが徴用された日、手当たり次第に石を積んで塚を作った。それを見た父は怒り、蹴散らされてしまった。
痛みが消えない記憶を呼び起こす、小さな石を固めて積み上げた形ばかりの小さなお墓はないはずなのに、何故、ここにあるの?
「父さんが作ったんだよ」
籠に皮をむいた柿をたくさん抱えて、奥から出てきた母が言った。
「終戦の年だったかね。あんたの安否がわからなくなった時にそこに石を積んだんだ。犬がいたなあ、と言ってね」
よいしょ、と庇に柿を吊す母を手伝う指先が震えて、何度も柿を取り落とした。
幸子が自分ひとりで己を哀れんでいた頃、多くの人が自分以外のものへ心を寄せていた。例えば小さな犬一匹にも。
「そうそう、また手紙が来てたよ。葉書も。何をそんなに書くことがあるのかねえ、字はへたくそだけど」
うんうんと、幸子は声に出さず、うなずき返した。
彼から届く手紙は、夏の前に交わした手紙より抑制された内容になっていた。
自分が実家にいるのを忘れてしまうくらい、東京からの香りを届けてくれた。
怪我の状況、学校でのこと。友人や先頃結婚した慎の話。誰に読まれてもいいようなことばかりだ。
私が好きな人が寄こしてくれました。
家人に知らせるように、届いた手紙は居間に広げて置いた。朝、手が触れた形跡がなくても隠さなかった。今日も夕食が終わったらちゃぶ台の上に置いておこう。
「干し柿ができたら送ってやるかい? その前に米だね、公子さんのところにもねえ」
こくり、首を縦に振った。
もうすぐリンゴが採れる。
それも送ろう。彼は目を丸くすることだろう、米もリンゴもひとりで食べろと? と言って。
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