第1章

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ポン♪ そっけない着信音がした。 通勤ラッシュでごった返す駅のホームで、人ごみに流されながらスマホを取り出した。 滅多に使わない携帯メールに着信のマークがついている。 ――――――――――――― 【件名】確認お願いします 【本文】 ムカイ ――――――――――――― ムカイ? 誰だっけ?   と思う間もなく、登り方面のホームでドンッという音に続いてギギギギ――ッという不快な電車のブレーキ音が鳴り響いた。 凍りつく一瞬ののち、大勢の悲鳴が続いた。 飛び込みだ。 パニックが周囲に伝播してゆくのは早かった。 まさに阿鼻叫喚だ。 私は逃げるようにその場を後にした。 朝から飛び込み自殺の現場など、絶対に見たくない。 少し遠回りになるが、地下鉄で会社に向かおうと、JRのホームを後にした。 しかし、そう思ったのは私だけではないようで、大勢の人が逃げるように地下鉄方面に流れてゆく。 ポン♪ 今の騒ぎですっかり忘れていたが、地下鉄の階段を下りようとしたところで再びスマホが鳴った。 ――――――――――――― 【件名】確認お願いします 【本文】 ミギナナメマエ ――――――――――――― やっぱり意味が分からない。 送信元も見知らぬアドレスだ。 メールを読むためについ鈍くなった歩みのせいで、人波に肩を圧されて階段でふらついた。 誰かが短く舌打ちする。 「すみません」 口の中で小さくつぶやきながら、慌てて周囲の歩調に合わせたところで、前を行く人波が突然大きく歪んだ。 あっ! うわっ!! きゃああああ!! うわああああ!! 将棋倒しだった。 階段で足を滑らせた誰かが、すぐそばにいた誰かをとっさに掴んで巻き込んだのだ。 あっという間の出来事だった。 十数人が階段下で血を流しながらうめいている。 思わず絶句する。 しかし、幸いにも巻き込まれずに済んだので、申し訳ないと思いつつ、私はその場を素通りした。 大手メーカーとの打ち合わせがある。 今日は遅刻するわけには行かないのだ。 それに、私などがどうこうしなくとも、声を掛け合いながら、バタバタと走り回っている人がすでに何人もいる。
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