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先ほどから何度か送られてくるメールは、おそらく、私のすぐ身近に起きる事故の方角を示している。
『ムカイ』は駅のホームの向かいで起きた飛び込み自殺。
『右斜め前』で起きた地下鉄の将棋倒し。
『右隣』のサラリーマンがスピード違反の車にひっかけられ、『左斜め前』の交差点に建っていたコンビニは大破した。
そして――
ポン♪
着信の音が鳴る。
『ヒダリナナメウシロ』
ポン♪
『ミギナナメウシロ』
着信音が響くたびに、私の周囲で聞き慣れない不吉な音が響き、人々の悲鳴や怒号が後に続く。
ポン♪
もうスマホの画面を見るまでもない。
『向かい』は『前』と言い換えてもいいだろう。
『右斜め前』
『左斜め前』
『右斜め後』
『左斜め後』
とくれば
残りは『後ろ』だけだ。
私は恐怖でその場に凍りついた。
一体、誰が何のために――!?
これほど短い時間の中で、私を中心に無残な事故が巻き起こっている。
わけのわからない恐怖が全身に絡みつき、身動きができない。
通り過ぎる人々が、私を怪訝な目で見てゆく。
チリン♪
聞き慣れない着信音がして、前から歩いてくる若いOLが立ち止まり、スマホの画面を見ている。
OLの唇が小さくつぶやいた。
「マエ?」
怪訝な表情で顔をあげたOLと目が合った。
そのとたん、私の全身にすごい衝撃が走った。
メールを受け取ったOLと私の間に、土混じりのグシャグシャになった植木鉢が転がっている。
そこに私の血がゆっくりと混じってゆく。
彼女の『前』にいた私の頭に、マンションの上階から落ちてきた植木鉢が直撃したのだ。
そうか、『ここ』があったのだ――。
そうなると、もうメールは来ないのだなと思った時には、何もわからなくなった。
――了――
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