第一章

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 自分の心の狭さを思い知った日から、あの男に会うことなく一ヶ月が過ぎた。  しかしその間、頭の中を占めているのは眉を下げて笑う男の顔だった。  毎日飽きることもなく男の少し困ったような顔を思い出しては悶々としている自分は病気になってしまったのだろうか。  どれだけ本を読んでも、物語に集中してもその場凌ぎの様でもやもやが晴れることは無かった。  連日通っている図書館に行って、すでに自分専用と勘違いしてしまう程座っている席に腰を落とし本を開く。 「んー!」 「こんにちは。」 「う、わ!?」  ━ガタガタ  一人の空間かと思って気を抜いて伸びをすると目の前から声がかかった。  それに慌てて椅子から滑り落ちそうになるのを何とか堪える。煩いであろう音を立ててしまったが。  いつも、と言っても二度しか会っていないが、彼は斜め前ではなく目の前に座していた。  どうしてだ。その心境を読み取ったのか「何度か声をかけても反応しなかったからね」と言った。  そこでどうして目の前に座る必要があるんだ。しかしその思いは声には出さなかった。 「今日会えてよかった。ちょっとしたお誘いをしたかったんだ。」 「・・・?何の誘いですか?宗教なら結構です。」  嗚呼、自分はまた偏屈なことを言ってしまった。   言ってしまってすぐ後悔をしたが彼はそれを気にした様子はなかった。 「はは、宗教なら俺もお断りだよ。」 「じゃあ何ですか。」 「この前読んでた本、あるだろ?君も読んでたやつ。」 「ありましたね。」 「ん、その作家さんのサイン会の券が手に入ったんだけど一緒に行かない?」 「え・・・」  あの作家はあまりサイン会をしないし、ファンも多く居ることで有名だった。そんな人のサイン会の券を手に入れるとはどういった経緯なのか気になるが、それよりサイン会に行ける方が遥かに優先順位が上だった。 「是非行きたいです!」 「うん、良かった。日にちと時間なんだけどね、今度の土曜日の十二時にここから最寄り駅で大丈夫?」 「わかりました。あの、本当に僕でいいんですか?誘いたい相手とか・・・」 「周りに本読んでる人居ないんだよね。」  そう言って男は苦笑いした。  僕は「そんなんですか」と、言うと男は笑って「楽しみだね」なんて言うから柄にもなくこっちまで楽しみだ、と思った。ただ口には出さなかった。
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