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韮沢は表情ひとつ変えずに、
ゆっくりと椅子から
立ち上がる。
腰のあたりで
椅子とデスクが
ぶつかる音がした。
後退できないことに気付いて、
背に冷や汗が流れる。
韮沢の革靴が、
少し薄汚れたオフィスの
タイルカーペットを滑った。
普段はこつこつと
小気味良い足音を
立てて歩くくせに、
素の韮沢はどこかずぼらで。
──ということは、
これは先週の始めまでは
私のものだった彼だ。
とっさにそんな
情けないことを考えて、
泣きそうになってしまう。
「結婚って。急に。
おかしくない?」
「……別に、おかしくなんてないけど」
「俺達、別れたのついこの間だよな」
「……」
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