その男、詐欺師

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  エレベーターの中で、 葵くんはふと 携帯を取り出して 時間を確認した。 急に響いた低音に 私がびくっと反応すると、 さっきより幾分穏やかな 葵くんの視線が落ちてくる。 目が合うと、 彼の目がゆるやかに 弧を描いた。 私が大人しく ついてきたことが 嬉しかったらしい。 やがてエレベーターが止まり、 私達は部屋の前まで 足を進めた。 その間も手は ずっと握られている。 葵くんはドアの前で あっと声を上げた。 「すみれさん、 うっかりしてた。 俺、鍵持ってないや」 「……あ」 「……ごめん、 開けてもらっていい?」 しゅんと肩を落とす葵くんは、 やんわりと私の手を放す。 その表情は やっぱり仔犬みたいで、 さっきの緊張感は どこへやら、 思わず笑ってしまった。 .
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