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日が沈みだそうとしているというのに、いまだに不躾な蝉の鳴き声が街に響く。手にした携帯の画面を見ると内蔵時計が午後7時を告げていた。
もうすぐ本格的な夏が来るのかと思うと「ズン」と効果音付きで気持ちが落ち込む。実際にはそんな音はしないのだが、俺の心情を表すのにはうってつけの例えだと思っただけだ。
「……や、ねぇ鈴矢ってば!ちゃんと聞いてるの?」
夏の暑さのせいか悲観的になっていたせいか、やや朦朧としていた俺の意識は、その聞き慣れた声で無事現実世界へと帰還を果たす。
「ん、あーちゃんと聞いてたよ、うん」
「本当に?じゃあスリランカの首都は?」
「スリジャヤワルダナプラコッテ」
「ウソ!?なんでわかるの!?」
自分で問題出しといてなんで驚いてるんだこいつは、とは思ったものの、とりあえず平静を装い、「常識だろこれぐらい」とだけ呟いてみた。
「あんたの常識は毎回どこかずれてんのよ」
先ほどから不機嫌そうなこいつ、「冬乃」は、これまた不機嫌そうに俺から視線をそらし、街灯の少ないそっぽの方を向いてしまった。
冬乃とは幼少期から今に至るまでの付き合い、つまり「幼なじみ」というやつなのだが、こいつのこういう行動は今でも理解できないことが多い。
「……で、夏休みどうやって過ごすのかって話だったよな」
まったく別方向へと向いてしまった話を元に戻すために、冬乃の黒いセミロングの髪に隠れた耳に聞こえるようわざと大きめのトーンで話しかける。
「ちゃんと聞いてたんじゃない……ばか」
冬乃は毒づきながらもこちらに顔を向き直す。しかし、じっとりとした目付きが、まだ不機嫌なんだということを意図的に伝えているように感じた。
「で、どうするの?」
「あー……特にすることないかな」
今まで夏休みにイベントじみたことなんて一度も無い。また、俺自身熱中していることも無いし、なにもしないで過ごすというのは正しい回答だろう。
「まったく、とんだ暇人ねあんた」
そう言うと冬乃は歩みを緩めると、俺と向き合う形で立ち止まる。
今日初めてまともに見た冬乃の大きな瞳は、少ない街灯の明かりを反射して小さく煌めく。
「だったらさ、私と……」
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