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「おい、ガキ。なに泣いてる」
声をかけられたのは久しぶりだった。俺に声をかける人間がいるなんて信じられなかった。
俺が14歳になった誕生日の朝、700世帯が暮らしていた集合住宅の半分が爆発して崩壊した。爆発した東の棟には、同郷の親類、幼馴染、そして俺が母親と弟と3人で住んでいた部屋があった。俺は誕生日の準備ができるまでと外へ出されていて命を拾った。
その日、細々と繋いできた身内の輪は、この世から消えた。涙は出なかった。
俺は租界地を出た。
辿り着いた街で職を求めた。だがはっきりとした差別や遺恨を受け、心のタガが外れた。優しさや温かさというものはどこを探しても見当たらず、押しつぶされそうな真っ黒な空虚さに抗うように誰かから奪い、獣のように喰らい、闇を駆け、光に唾する生活へと
そしてある日何の理由も無く人を殺しかけ呆然としているところを通報されて警察に追われる。
逃げて、隠れて、消えようとして……その当時の俺は街角の壁の染みよりも汚く、人としての存在感も消え、もはや誰も気にとめる者も居なくなっていたはずだ。だから、素直に驚いた。
「お前のことだよ」とその男は言った。
「きったねぇガキっすね兄貴」「バカか。てめぇの顔みてから物言え。てめぇの顔も相当ぐちゃぐちゃだろうが」ちげぇねえ、と俺を見下ろしながら愉快そうに男達が笑い合っていた。
久しぶりに自分に言葉が投げかけられたことに動揺しながら、殺すぞと言おうとした。声の代わりに喉からは掠れた息が出た。
「おい」とその中で一際体の大きい男が腰を屈めてまた声をかけてきた。40代、見た目からしてどこかのマフィアに違いなかった。
「お前、ナラカの移民だろ。その目の色、俺も同じだ。な?」
確かにその男の瞳を見ると、故国の土地独特の色合いが混ざっている。
「独りか? なら、今日から俺たちがファミリアだ」
え、兄貴またっすか?今月で5人目ですよ?まだ縄張りだって狭いのに、と騒ぎ出す後ろのメンバーに拳固をくれながら男は豪快に笑った。
その笑い声が胸の中の何かを壊すのを俺は感じていた。
男はいわゆる新興マフィアの首領を名乗っていた。カルテル(組織)という呼び名を嫌い、ファミリア(家族)だ!とその男は常に言い続けた。
17歳の俺は、喪失した大事なものをその男の家族と共に歩いて取り戻していきたいと思うようになっていた。
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