169人が本棚に入れています
本棚に追加
強引に連れ込んだホテルの倉庫で、円の声は震えていた。俺は扉の鍵を閉め、彼女が逃げられないようにする。
コウと一緒にいたことを問えば、俺には関係ないと言い捨てる。
正論だからこそ、腹が立つ。そんな正体不明の激情に支配され、俺はどんどん冷静さを失っていく。
「旅行中は関係ないとでも思った? 残念。奴隷は奴隷。俺と君はそういう関係なんだから」
次の瞬間、頬に鈍い痛みが走って、俺はようやく我に返った。
円がこちらを睨みつけながら、最低だと罵る。今更だ。そんなの、自分が一番知っている。
だけど何故か、円は俺と梶川のことを勘違いしているようだった。友達おもいな子なのだと、その時は思った。
そんなことより、コウが円を泣かせていると思った。たったそれだけに我を忘れた。そのことに動揺する。円に悟られる訳にはいかない。だから、いつものように円を冷たく見下ろした。
そんな時、円が不意におかしなことを言ったのだ。
「殴ったのは悪かったよ。でも、あんな風にラブラブしといて、告白断るなんてやっぱり酷いと思う。麻実、かわいそう」
正直意味が分からなかった。いや、言葉の意味は分かる。そうじゃない。
「あんなに楽しそうに……私の前ではあんな顔しないくせに!」
そう言い放って、円ははっとしたように視線を逸らした。
当然だ。梶川の前の俺は、優等生の仮面を被った俺。円の前で、今更仮面など被る必要はない。
冷たい視線、そっけない言葉。もっと酷いことをしている。さぞかし俺が、悪魔のようにでも見えていることだろう。
だからこそ、何故彼女がそんなことを気にするのか分からなかった。
彼女は、悪魔に笑いかけて欲しいとでも? それは、まるで。
最初のコメントを投稿しよう!