追憶

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 困る。だが、そんなことは言えない。必ず理由を問われるから。  そして、君に傷ついて欲しくないから……なんて、最も俺に言う資格のない言葉だった。 「君が下手を打てば、それが即家庭崩壊につながる可能性もあるわけだろ。それは避けたかったんだ」 「おかしいね、あなたはそれを望んでるんじゃなかったの?」  苦し紛れの言い訳。それはいとも簡単に見抜かれて、嫌な汗がじわりとにじむ。 「あなたは最初、むしろ家庭崩壊を望んでたじゃない。私を何て言って脅したのか、覚えてないの?」 「それとも、私と母に情でも移った? ここへ来て家族を壊すのが嫌になった? そんなわけないよね、私のことはあんなに簡単に壊したのに」  そうだよ。その通りだ。矛盾している、今の俺とは。  何も言えなくなった俺を、円はさらに訝しむ。苦しい。だけど彼女から逃げることは許されない。  気力を振り絞って、精一杯の笑みを浮かべる。嘘が見えないように。 「違うよ。別に情とかじゃない。ただ俺も今の生活は案外気に入ってる。家も新築したばかりだしね。嫌な修羅場を見ないで済むなら、それも悪くない。もちろん、君の言う通りいつ壊れるとも知れないけど」  俺の母親の自殺のことも話した。父さんと良子さんの不倫のことも。  本当は言いたくなかったけれど、もう「秘密」さえ隠せたら、それでいい。 「それじゃあ、復讐はもういいってこと?」  話し終わると、円は俺に問いかけた。  家庭崩壊は望まない。ならば、復讐など続けているのはおかしい。  ――潮時だ。 「うん、まぁ……そういうこと。もう飽きたんだ。過去は忘れて、穏やかに暮らしたいよ」 「ずいぶん自分勝手なんだね……」 「そうだよ。俺ってそういう人間。許せない? いいよ、俺のしたことを言っても。君にはその権利がある。初めてだったもんな?」  わざと円を傷つける言葉を選んで、冷酷で非情な悪魔を演じる。 「……言わないよ」 「へぇ、どうして」 「それを選んだのは私だから。でも勘違いしないでね。あなたを許したわけじゃない」  円は冷静に俺を見た。冷たい視線が心を刺した。痛い。
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