164人が本棚に入れています
本棚に追加
/122ページ
困る。だが、そんなことは言えない。必ず理由を問われるから。
そして、君に傷ついて欲しくないから……なんて、最も俺に言う資格のない言葉だった。
「君が下手を打てば、それが即家庭崩壊につながる可能性もあるわけだろ。それは避けたかったんだ」
「おかしいね、あなたはそれを望んでるんじゃなかったの?」
苦し紛れの言い訳。それはいとも簡単に見抜かれて、嫌な汗がじわりとにじむ。
「あなたは最初、むしろ家庭崩壊を望んでたじゃない。私を何て言って脅したのか、覚えてないの?」
「それとも、私と母に情でも移った? ここへ来て家族を壊すのが嫌になった? そんなわけないよね、私のことはあんなに簡単に壊したのに」
そうだよ。その通りだ。矛盾している、今の俺とは。
何も言えなくなった俺を、円はさらに訝しむ。苦しい。だけど彼女から逃げることは許されない。
気力を振り絞って、精一杯の笑みを浮かべる。嘘が見えないように。
「違うよ。別に情とかじゃない。ただ俺も今の生活は案外気に入ってる。家も新築したばかりだしね。嫌な修羅場を見ないで済むなら、それも悪くない。もちろん、君の言う通りいつ壊れるとも知れないけど」
俺の母親の自殺のことも話した。父さんと良子さんの不倫のことも。
本当は言いたくなかったけれど、もう「秘密」さえ隠せたら、それでいい。
「それじゃあ、復讐はもういいってこと?」
話し終わると、円は俺に問いかけた。
家庭崩壊は望まない。ならば、復讐など続けているのはおかしい。
――潮時だ。
「うん、まぁ……そういうこと。もう飽きたんだ。過去は忘れて、穏やかに暮らしたいよ」
「ずいぶん自分勝手なんだね……」
「そうだよ。俺ってそういう人間。許せない? いいよ、俺のしたことを言っても。君にはその権利がある。初めてだったもんな?」
わざと円を傷つける言葉を選んで、冷酷で非情な悪魔を演じる。
「……言わないよ」
「へぇ、どうして」
「それを選んだのは私だから。でも勘違いしないでね。あなたを許したわけじゃない」
円は冷静に俺を見た。冷たい視線が心を刺した。痛い。
最初のコメントを投稿しよう!