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タイミング悪く良子さんが入ってきたのは、丁度店を出ようと思っていた時だった。
出るに出れなくなって、更に北見良隆まで合流した時には気が気ではなかった。
円は円で、勢いで追いかけて行ったくせに、いざ目の前に母親の不倫相手が現れるとフリーズ。
そんな円を上手く連れ出して、なんとか帰りのバス停の前にたどり着いた時は、肩の力が抜けた。
「あの男とはもう関わらないように」
バスを待つ間、良子さんの不倫相手は暴力団の関係者だからと嘘までついて、円に釘を刺しておく。
当然、円は納得しない。
「どうしたの比呂くん。私の心配なんて、変だよ?」
「いいじゃん別に。たまには兄貴っぽいことさせてくれてもさ」
「私、あなたのこと兄だなんて思ったことないから」
俺だって、円を妹だなんて思ってない。それでも、どんな嘘をついても。
俺が傷つけた君を、これ以上傷つけずにすむのなら、なんだってするよ。
この日をもって、俺は円との関係を終わりにした。
円にとって喜ぶべき日だったはずなのに、それからの円の様子は目に見えて暗くなっていった。学校は休まなかったが、毎日良子さんの作ってくれたお弁当が、いつもテーブルの上に残っている。
友達ともまだ上手くいっていないようで、円は昼休みになるといつも姿を消した。
何かしたかった。それが自己満足でも。だって、全部俺のせいなんだ。
「何しに来たの、私と一緒にいるところなんて見られない方がいいよ。私も見られたくないし」
コウから聞き出して屋上に向かうと、円が一人でいた。相変わらず冷たくて、辛辣。でも今にも泣きそうな顔。
良子さんとのことを訊ねると、あっと言う間に決壊する
「やめてよ……なんで今更。優しくなんてしないで」
顔を覆ってすすり泣きながら、円はごめんなさい、と言った。
円は良子さんに不倫のことを問いつめてしまったらしい。もちろん、俺には怒る気などない。本当に守りたいのは、あの家じゃないから。
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