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「少し前、事故で亡くなった男子高校生がいたでしょ」
真っ昼間のナースステーションに、デリカシーのない看護師の声が響く。
「あの病室の噂、知ってる? 夜になると……」
どこで誰が聞いているかも分からないのに、女という生き物は本当に噂話が好きだ。
その横を静かに通りすぎると、一人のナースが自分に気づいた。
「ああ、有坂さん!」
駆け寄ってくるナースに、軽く会釈する。
「これから手続きですか?」
「はい。お世話になりました」
「今日はお一人なんですね……」
「父は……仕事で」
彼女の意図が違うところにあると知りながら、なんとなく言葉を濁した。
「ああ、そっか。妹さんは今日から学校か。高校生の夏休みは短いんですね」
「はい。では、僕はこれで……」
迎えの一人もいないのが、何となく惨めで早く立ち去りたい気分だった。
本当は、久しぶりに円が来てくれると父さんから聞いていたのに。もしかして、まだ体調が悪いのかと少しだけ心配になる。
事故の日から、円は目覚めぬ俺に三日三晩付き添い、俺の意識が戻るとすぐに過労で倒れてしまったらしい。それから病室には、一度も来ていない。
意識がない間はもちろん、目覚めた直後も朦朧として思い出せない俺は、もう何日も円に会っていないようなものだった。
頭を切って派手に出血したものの、傷自体はそれほどでもなく、後遺症もない。加えて病院の目の前で事故が起こったのが不幸中の幸いだった……と主治医には言われた。
せっかく元気になったのに、円には未だ会えない。やっぱり全部夢だったのだろうかとすら思い始めていた。
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