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うららかな春の昼下がり。街の小さな教会で、身内だけの質素な結婚式。
純白のドレスに身を包んだ母の姿を見て、思わず目を細めた。
これまでの苦労を思うと、心の底から祝福できる。物心ついた時既に父親の姿はなく、女手一つで私を育てた母は、親族とも疎遠だった。どれほど心細かったことだろう。決して楽な生活ではなかったが、それでも私の為にいつも笑顔を絶やさず働いてきた。
そんな母が、ようやく羽を休めることのできる居場所を見つけたのだ。
結婚の話を切り出された時、私は二つ返事で了承した。母が選んだ人だ。反対する理由がなかった。
「良子さんの姿が見えないけど……知らない?」
結婚式の後、教会の庭で満開の桜をぼうっと眺めていると、背後で知った声がした。
「あ……お母さんなら御手洗いだよ」
「そっか……じゃあ、この後の食事会みんなでタクシーで行くからって、伝えといて」
「うん。分かった」
母の結婚相手の有坂さんには、私と同い年、高校二年の息子が一人いた。それが彼、比呂(ひろ)くんだ。
まだ何度も顔を合わせている訳ではなく、兄妹になるという実感はないが、これから一緒に暮らしていけばすぐに慣れるだろう。
建物の中に引き返して行く比呂くんの後ろ姿を見送りながら、本当に幸せだと改めて思った。新しい家族ができる――有坂さんも比呂くんも感じのいい人達だし、これからは経済的にも安定した生活を送れる。
私はまだ見ぬ未来が、幸福だと信じて疑わなかった。
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