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家族四人での食事会は午後六時から。けれど、比呂くんが声をかけに来てくれた後、待っても待っても母は戻らなかった。
式が終わってすぐ、御手洗いに行くと言って離れた母。一時間以上経っている。いくらなんでも遅い。
何かあったのかもしれないと、心配になった私はトイレに様子を見に行く。しかし、そこには誰もいなかった。
入れ違いになってしまったのかと、私は新婦の控え室へと向かおうとする。
「――――」
その時、遠くで母の声が聞こえた気がした。
どこから聞こえるのだろうと思い、私はなんとなくトイレの窓から外を覗いてみる。
窓の外は、教会の庭になっていた。綺麗に整えられた花壇、その端に母と見知らぬ男がいた。
会話は聞き取れないが、二人は口論をしているように見える。声色と母の表情から、良い雰囲気ではないことは確かだった。
あれは誰なのか。こちらに背を向けているので顔は分からないが、背格好から有坂さんではない。
口論はそのまま数分続く。私は何故か目が離せずに、覗き見るように二人を凝視していた。
たまに男の方が母の手を掴み、母がそれを突き放す……そんなやりとりがあってヒヤリとする。
――大丈夫。きっと何でもない
いつの間にか、そう自分に言い聞かせるようになっていた。
様子が変だと思いながらも、その場に釘付けになる。
そして――ようやく母を呼びに行かなければと思い立って、その場を離れようとした時だった。
不意に男が母の手を掴み、自分の身体へと引き寄せたのだ。
わずか一瞬のうちに、母の身体は男の腕の中へと収まってしまった。男はそのまま、母の身体を抱き締める。
まるでドラマのワンシーンを見ているようで、一瞬自分がテレビの中にでも迷いこんだのかと錯覚する。
そうだったら、どんなに良かったか。
数秒の後、男は母の身体を少し離すと、その唇に口づけた。
そこまでされても、母は抵抗する素振りを見せなかった。
――なんで……!?
私はもう見ていられなくなって、その場から逃げ出した。
よろけるようにトイレから出て、扉の前でへたり込む。
わき上がる嫌悪感。あろうことか、つい先程永遠の愛を誓ったばかりのその場所で。
――気持ち悪い……
吐き気と目眩に襲われてその場でうずくまる。他のことは何も考えられない。ただ、嘘だと言って欲しかった。
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