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「あれをもらいたいとのことだが」父の声がする。
「はい」明瞭な声で幸宏は返した。
「君も物好きだな。出戻りの傷物を娶ろうというのだからな」
「僕は幸子さんを信じています。彼女に悪いところはない」
「あれの言ったことを信じているのかね」
「彼女は信じさせてくれる人です」
また沈黙が下りた。
「先の結婚について――君も聞き及んでいるだろう」
「はい」
「衆目に晒された事実があったのだから、申し開きができない状況だった。儂らではあれの不名誉をぬぐうことができなかったわ。今にして思えば、できることも多々あったのに――あれが出奔するのも道理だ。ここへ戻りたがらなかったのも……。ただ、人の口には戸は立てられん。地元ではケチがついた娘、どこへも縁づかせられん。好きにするといい」
させて頂きます、といつもの幸宏ならいうところだ、だけど彼は短く言う。「ありがとうございます」と。
初めての結婚の時は晴れ晴れとした嬉しさとは違う、ひたひたとよし寄せる温もりが彼女を満たす。
はあ、長く息を吐いた。小さく息を継いだつもりだったのに、襖の向こうで身じろぎする音がした。
手を差し延べるように膝を崩す幸宏の気配と、そして父。
嬉しくても涙が出る事があると、改めて思った。
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