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◇ ◇ ◇
駅から自宅まではさほど距離はない。少し歩く程度だ。
道中、見知った人がちらちらこちらに視線を送って寄こす。何を言わんとしてるか、耳にしなくても大方わかる。
また野原さんのところの娘が男を連れて来た。
今度はどこのどなたやら。
出戻りの娘と知ってのことかね、物好きもいいところだ。
半分以上は当たってる。昔の私を忘れてくれと願ったところで叶うはずもない。彼らはアカの他人だから。
けれど、幸宏はどう感じているのだろう。
ちらりと見た隣の彼は、小動物が周りを見回すようにきょろきょろと町並みを眺めている。臆するところは何もない。いつもの好奇心いっぱいで、大学で論を戦わせていた頃の少し傲慢な彼そのままだ。
幸子は、彼が追う、見慣れた風景に視線を添わせた。
どう? 彼は。
いくらでも見て下さいな。
とても堂々として気持ちのよい男性でしょう? きっと話すと彼のことがもっと好きになるわ。
私を望んでくれた人なんですから、と。
「手入れが行き届いた、よい門構えだ」
自宅の前に立って、幸宏は言った。
「入り口がきれいだと、招かれている、大切にされてると思えるね。僕たちの家も、玄関はきれいに整えておこう。いつ、誰が来ても慌てないように。どうかな?」
幸子はこくりと首を縦に振った。
嬉しかった。
今日、玄関口を整えたのは父だ。いつもは幸子や母の役目なのに、誰よりも早起きをして、腰を屈めて箒を使ったのは父なのだ。
客間に通された幸宏と、どっしりと座ったままの父は、座卓の向こうとこっちで対峙したまましばらく動かない。
手を着けられない茶は冷め放題だ。
どうしよう。入れ替えようかしら。
閉じたままの襖の向こうを気にしつつ、廊下で動けない幸子に、母がちらちら様子見を送ってくるがどうすることもできない。
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