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イタリアは冬に入ったばかり、地中海に面するこの地域では小雨が多い時期である。夜なので今は雲を確認出来ないが、星が見えている事から察して暫定的に晴れだと分かった。
帰宅時間の大通りには人が多い。駅に近い事もあるだろう、主に会社員や作業員の姿が見受けられる。
そしてその中には二人の男女が足早に歩いていた。女性は男性のリードに従って歩き、男性は携帯電話と女性の手を握りしめて人混みをスルリスルリと通り抜けていく。その足取りは混雑する道とは思えない程軽快だった。
「順調です。えぇ、怪しい影も見えません。・・・そうですね、ではまたあとで連絡します。電話にはちゃんと出てくださいよ?」
ため息をつく男。しかし電話に話し掛ける声はとても爽やかだ。薄型の携帯電話を胸ポケットにしまうと、その手をサンバイザーのように目の上辺りへあてながら周りをもう一度見渡した。
肌は白く、機敏に動く瞳は深い青。その瞳の鋭さに似合わず、口元は柔らかく笑顔を作り、鳶色の髪達は彼にどことなく威厳を与えているようだった。モノトーンカメラで男を写しても服の色に変化はないだろう、黒のスーツに白いワイシャツ、そしてまた黒いネクタイ。そこに彩りは全く存在していないようだ。
「ねぇ、そろそろゆっくり歩かない?」
「靴擦れは痛みを分け入りたいぐらいですが、もうすぐですので少しの我慢と思って下さい」
「朝出た時は『すぐに着く場所だ』って言ったじゃない」
「ならおんぶしましょうか?」
笑い飛ばすように、女性は冗談にフッと微笑んだ。
老若男女問わず、すれ違う人が二度見するような、澄み切った大きな瑠璃色の瞳。肩より長い亜麻色の髪は、ユラリフワリと風に靡いて夜の明かりに輝いている。男性より十数センチほど小さな背丈は女性特有の可愛いらしさが出て良いものだった。
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