第5章 道端に小石

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僕は思い出した。すると彼女への想いが込み上げてくる。今まで抑えていた感情が溢れそうになる。 すると男が僕の顔を見た。その目は先程のような冷たい目だが、まっすぐとこちらを見ている。僕が戸惑っていると、 「……何か腫れ物が落ちたような顔をしているな」 「え?あ、まぁ、そうですね……」 「先程より晴れ晴れとした顔をしている。まるで悩みがなくなって、やるべき事がわかったかのような」 すると彼は不意に僕の足元の石を拾った。そしてそれを眺めたあと、 「恐らくこの石は願いを叶えてくれるものだ。しかし少し変わってる」 「違う?どういう事なんだ?」 「まあ何というか、人間のどんな願いを叶えてくれるが、それは本当の願いじゃなく”その願いの別の側面を叶えてしまう”、誤ったものだ」 男はよく分からないことを告げた。彼自身もうまく言えたようでは無く、少し顔を曇らせ鼻の傷をポリポリと掻いている。 しかし僕は何となくだが、分かった気がした。例えば僕の場合、川端さんと話したいという願いだったがそれが”多くの人と話したい”というものに変わってしまった、そういうことだろう。うまく言えないが。 (でも石にそんな力があるなら何故この人には効かない?それにこの人にぶつかって効力はなくなったし……) 僕が考え込んでいると、男が廊下の窓を開け、そこから石を遠くに外に放り投げた。 男はこれでいいかと呟くと、再び僕を見て、 「何にせよ、君は本当の願いを思い出した。あとはそれを叶えるかどうかだ」 「叶えるかどうか……、やっぱり何か特別なことをすればいいのか?」 「うーん、それは必要ない。例えば君が誰かに想いを伝えたいなら、あとは一歩踏み出す勇気だ。それさえあれば何も要らないだろう」 その言葉に僕はとても感動すると共に勇気を貰った。そうだ、僕に足りなかったのは勇気。一歩踏み出す勇気がなくて、そんな自分を変えたかったんだ。でも、それはもう必要ない。ただ想いを伝えるだけ。 「……ありがとう。見ず知らずの僕に親切にしてくれて」 「どうということはない。困ってる人は助けるのは当たり前の事さ」 男が笑う。すると、 「おーい”圭”!何してんだー?」 「ああ、ちょっとな。……それじゃあな、応援している」 「ああ、ありがとう。それじゃあ」 僕らは固い握手を交わし、別れた。
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