第一章

10/19
前へ
/45ページ
次へ
「先に帰ったんじゃねぇの?」 「でも鞄はあるぜ」 佐山の席には鞄がかけてあった。彼が荷物を置いて帰ってしまうようなことはしないだろう。 「あいつ、偶にふらっと消えるよな」 「俺らといるのが重荷なんじゃねぇの。お互い、気ぃ使ってる感じがあるし」 「仕方ねぇだろ。佐山は芸能人。俺らとは住む世界が違うんだよ」 集団の中にいても、佐山が突飛した存在であるのは、きっと彼自身だけのせいではない。彼と友人らの間で、お互いが踏み込まないように一線を引いているのかもしれない。 「ねえ」 この場に少し重圧を感じ始めた頃、掻き消すように相田の声が響いた。 「私に京仁の鞄を任せてくれる?」 「あ、ああ。頼むわ」 「悪いな。俺らは帰るわ」 気まずげに視線を彷徨わせ、彼らはそそくさと教室から出ていった。 完全に彼らの姿が見えなくなるまで、相田は笑顔を絶やさず振り続けた。教室に二人以外の生徒がいなくなった途端、彼女は手を下ろし、こちらに身体を向けた。表情は、とても意地悪そうな笑みを浮かべていた。 「広瀬くん」 「な、何……」 不穏な予感がする。 「はい」 「え」 彼女が細腕を伸ばして胸に押しつけてきたのは、佐山の鞄だ。 「これ、京仁に届けてくれる? 多分、音楽室か屋上のどっちかにいると思うから」 「俺が……? 相田さんが持っていくんじゃないのか?」 「私、持っていくなんて一言も言ってないよ。任せてとは、言ったけど」 「だが、俺よりも相田さんの方が佐山と仲が良いし……」 ズキンと胸が痛んだ。自分から言っておいて傷つくなんて。 「グダグダ言わない、ヘタレめ。さっさと行ってきなさい!」 隆生は教室から押し出され、背後で戸がピシャンと閉められた。 仕方なく教室から離れる。手元にある鞄をぎゅっと握り締めて、バクバクと鳴り響く心臓を誤魔化した。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加