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「先に帰ったんじゃねぇの?」
「でも鞄はあるぜ」
佐山の席には鞄がかけてあった。彼が荷物を置いて帰ってしまうようなことはしないだろう。
「あいつ、偶にふらっと消えるよな」
「俺らといるのが重荷なんじゃねぇの。お互い、気ぃ使ってる感じがあるし」
「仕方ねぇだろ。佐山は芸能人。俺らとは住む世界が違うんだよ」
集団の中にいても、佐山が突飛した存在であるのは、きっと彼自身だけのせいではない。彼と友人らの間で、お互いが踏み込まないように一線を引いているのかもしれない。
「ねえ」
この場に少し重圧を感じ始めた頃、掻き消すように相田の声が響いた。
「私に京仁の鞄を任せてくれる?」
「あ、ああ。頼むわ」
「悪いな。俺らは帰るわ」
気まずげに視線を彷徨わせ、彼らはそそくさと教室から出ていった。
完全に彼らの姿が見えなくなるまで、相田は笑顔を絶やさず振り続けた。教室に二人以外の生徒がいなくなった途端、彼女は手を下ろし、こちらに身体を向けた。表情は、とても意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「広瀬くん」
「な、何……」
不穏な予感がする。
「はい」
「え」
彼女が細腕を伸ばして胸に押しつけてきたのは、佐山の鞄だ。
「これ、京仁に届けてくれる? 多分、音楽室か屋上のどっちかにいると思うから」
「俺が……? 相田さんが持っていくんじゃないのか?」
「私、持っていくなんて一言も言ってないよ。任せてとは、言ったけど」
「だが、俺よりも相田さんの方が佐山と仲が良いし……」
ズキンと胸が痛んだ。自分から言っておいて傷つくなんて。
「グダグダ言わない、ヘタレめ。さっさと行ってきなさい!」
隆生は教室から押し出され、背後で戸がピシャンと閉められた。
仕方なく教室から離れる。手元にある鞄をぎゅっと握り締めて、バクバクと鳴り響く心臓を誤魔化した。
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