第一章

12/19
前へ
/45ページ
次へ
「鞄、サンキュな。もう皆帰ったのか?」 「うん」 佐山はギターをケースに直した。 「……さっきは何を歌っていたんだ?」 「あれは歌じゃねぇよ。歌詞がない」 「じゃあ、もう歌わないのか?」 「ああ」 「そうか……。勿体ないな」 佐山は片付けの手を止めて、こちらを振り返った。 「勿体ない?」 「とても綺麗な歌だったから……」 「綺麗? かっこいいとかじゃなくて?」 「可笑しいか?」 「そんなこと初めて言われた」 佐山は嘲るように笑って、再び片付けを始めた。 「即興で頭に浮かんだだけの短い歌だ。曲にもならねぇ駄作だ。あれじゃ、客は喜ばねぇ」 「俺はあの歌が好きだぞ」 「……あれが?」 「佐山の歌はかっこいいものばかりだが、あの歌はとても綺麗で、俺は好きだ」 「…………」 「きっと、俺だけじゃない。多くの人があの歌を好きになる」 佐山は少し間を空けた。考え事をしているようだ。しばらくすると、再びギターを取り出した。 弦に指をかけて、何度か鳴らす。 聴いていくうちに、先程の短い歌であることに気づいた。 「一回しか弾いてねぇからうろ覚えだな……」 「そのときの音は一つ高い音だったぞ」 隆生の言葉に、佐山は顔を上げた。疑心暗鬼になりながらも、指摘通りに音を鳴らすと、彼は目を見開いて再び顔を上げた。 「お前、耳が良いのな。何か習ってたわけ?」 「え……。む、昔に少し……」 「ふうん」 試すように音を鳴らして、記憶を辿りながら音が復元される。その音に佐山の声が乗る。 ああ、これだ。これが隆生が求めていた歌だ。この世で、一番愛して止まない彼の歌。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加