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「鞄、サンキュな。もう皆帰ったのか?」
「うん」
佐山はギターをケースに直した。
「……さっきは何を歌っていたんだ?」
「あれは歌じゃねぇよ。歌詞がない」
「じゃあ、もう歌わないのか?」
「ああ」
「そうか……。勿体ないな」
佐山は片付けの手を止めて、こちらを振り返った。
「勿体ない?」
「とても綺麗な歌だったから……」
「綺麗? かっこいいとかじゃなくて?」
「可笑しいか?」
「そんなこと初めて言われた」
佐山は嘲るように笑って、再び片付けを始めた。
「即興で頭に浮かんだだけの短い歌だ。曲にもならねぇ駄作だ。あれじゃ、客は喜ばねぇ」
「俺はあの歌が好きだぞ」
「……あれが?」
「佐山の歌はかっこいいものばかりだが、あの歌はとても綺麗で、俺は好きだ」
「…………」
「きっと、俺だけじゃない。多くの人があの歌を好きになる」
佐山は少し間を空けた。考え事をしているようだ。しばらくすると、再びギターを取り出した。
弦に指をかけて、何度か鳴らす。
聴いていくうちに、先程の短い歌であることに気づいた。
「一回しか弾いてねぇからうろ覚えだな……」
「そのときの音は一つ高い音だったぞ」
隆生の言葉に、佐山は顔を上げた。疑心暗鬼になりながらも、指摘通りに音を鳴らすと、彼は目を見開いて再び顔を上げた。
「お前、耳が良いのな。何か習ってたわけ?」
「え……。む、昔に少し……」
「ふうん」
試すように音を鳴らして、記憶を辿りながら音が復元される。その音に佐山の声が乗る。
ああ、これだ。これが隆生が求めていた歌だ。この世で、一番愛して止まない彼の歌。
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