第一章

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顔を上げると、全ての目が自分を見ていた。視線の数に、心臓がひゅっと持ち上げられるようだ。息を飲み、視線を振り切るようにして、僅かに顔を下げて先に向かう。まるで錘をつけられたように足取りが重い。床の木目を見ながら、最後尾の席へ鞄を置いた。たった数秒間の距離にも関わらず、精神的な疲労感が募った。 ふぅ、と小さく息を吐く。未だに突き刺さる視線を前にできず、俯いたまま椅子を引く。 「お前が、広瀬隆生?」 と、唐突にかけられた声に、隆生は身体中に衝撃を浴びる。この声を知っている。毎日習慣的に聴き、愛して止まない声だ。 隆生は、教室に入って初めて顔を上げた。声の方向へ顔を向けると、頬杖をつく男が座った状態でこちらを見ていた。 「佐山、京仁……」 一瞬、周囲の存在が消えた。隆生の目にはこの男の存在しか目に入らなかった。誰もいない真っ白な世界の中で、男の存在だけが色をつけて、明瞭に見えた。
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