第一章

5/19
前へ
/45ページ
次へ
彼、佐山(さやま)京仁(きょうじ)は、『Violet』のボーカルである。一八〇前後の身長と美しい容貌を裏切らない雄々しい美声が若者に人気がある。彼はその美貌を生かして、雑誌やテレビ、ラジオなど、メディアから引っ張りだこにある。 授業が終わり、休み時間が来ると、佐山の周囲には、まるで決まり事のように大半の生徒が集まる。彼らは他愛ない会話をして、授業が始まればすぐに退散する。毎時間、その繰り返し。 佐山は良くも悪くも集団から浮いた存在だ。芸能人だからと、他者から遠い存在として見られていることもある。それ以上に、先天的に持っているものが他とは違う。逸脱した存在なのだ。佐山はどこにいても、誰といても、きらきらと輝いている。少なくとも隆生の目には、そう見える。 ふっと、突然視界が影に覆われる。隆生の机に手をついて、上から見る数人の女生徒がいた。 女生徒は驚く隆生に微笑みながら、自分の耳を指さした。隆生は彼女の示すように、ヘッドフォンを外した。 「ごめんね、音楽の邪魔しちゃって」 「い、いや……」 近くにいる女生徒の長い髪が近くに垂れる。そこから匂う香りは、女性特有の化粧や香水などのもの。 隆生は拳を膝の上で握り締めた。 「何……?」 「広瀬くんとお喋りしてみたくて、迷惑だった?」 迷惑だ、と言えるはずもなく、隆生は目を逸らしながら首を振った。 「どうして今まで学校来てなかったの?」 「病気で……」 「もう身体は大丈夫なの?」 「大丈夫……」 「そうだ! 勉強わからないんじゃない? 良かったら私のノート写させてあげるよ」 「私のノートも良かったら貸すし、勉強見てあげよっか?」 「どうせなら、皆で勉強会しよーよ! テストも近いしさ」 「いいねぇ!」 隆生は質問責めに合い、狼狽しつつ答えていると、いつのまにか話は彼女らの勝手のまま進んでいく。承諾も拒絶もしていないのに、隆生を置いて、話が纏まってしまったようだ。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加