第1章

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「…はい、ええ、分かってますよお母さん。 ちゃんと帰りますから。 続きはその時に聞きますし。 はい… はい… それではまた」 恐ろしく長い通話を終え、思わずそれに比例したような長いため息をつくと、胸元からクスクスと笑う声が聞こえてきた。 つーか、電話してる最中から聞こえてた。 気が気じゃないったら。 「なあに?またご実家から?」 まとわりつくようにねっとりしているのは声質だけでなく視線も同じで、ようやく両手が自由になった僕は目の前の女の肩を押し戻す。 「ああん、つまんない」 「凛子さん今日何しに来たの? 人が電話中で手が離せないからってセクハラしないでよ」 軽く睨むと、彼女は拗ねたように口を尖らせた。 肉厚な唇に引かれた彩度の高い赤が、これでもかと彼女の自信を主張する。 「だって…電話がちっとも終わらなくて退屈だったんだもの。 お客様待たせてるんだから、これくらいのサービスいいでしょ?」 傍から聞いたら誤解されそうなセリフを平気で吐く。 実際は電話の最中に店に入って来て、無言で僕のとなりに腰掛け、ピタリとくっついて来ただけだったのだが。 いや、それだけでも十分変か。 「で、お客様、 今日は何をお持ちで?」 苦笑いしつつも口調は恭しく返すと、彼女は「あ、そうそう」と思い出した様に、ソファ上にどっかと置かれたボストンバッグに手を伸ばした。 誰もが知っている海外ブランドの巨大なそれだけでも、かなりの金額を掛けたことが一目で分かる。 けれど、彼女がそこから取り出すものは、それ以上に価値のあるものであるはずだ。 ーーー僕にとっては。
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