四月一日

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ぴろん、と携帯の着信が鳴った。 もう時刻は深夜十時を回っている。 母からのメールだった。母とメールのやり取りをするのは、一体、何ヶ月ぶりだろう。 OLとして働き始めてはや七年、恋愛もせず、バリバリのキャリアウーマンとして働いてきた自負がある。念願叶って、部長昇格への打診を得たのだ。それがどうだろう、現部長の卑劣な提言によって、私の実績は歪められ、無期凍結になったのだ。 おまけに他の社員の濡れ衣まで着せられ、ここ数ヶ月の間、衣食住、まともな生活さえ送れていないのだ。 母に無用な心配はかけたくない。 『みっちゃん、元気にしとるか』 『元気にしてるよ、お母さんはどう』 『明男がやんちゃしてる以外はどうってことないよ』 『明男にいちゃんにもよろしく言っといてね』 明夫はもう三十路を超えたはずだが、どうやら、女遊びは健在らしい。未だ結婚していないのをみると、明男にも少しの良心めいたものが残っているのだろう。浮気ぐせはやはり、不治の病だと思う。 そんな兄だが、私にとっては、明男が羨ましい。ストレートで大学に入学し、大手企業に就職、色恋にも目がない。まるで私とは正反対なのだ。チャンスがあるなら、合コンにだって一度くらいは出てみたい。潰れかけのこんな会社なんて――いいえ、私を拾ってくれたのはこの会社しかないのよ。 『美智代、一つ、伝えなければいけないことがあるの』 美智代――お母さんが私をそう呼ぶ時、背筋が引き締まる。心をなだめ、深く息を吸った。私にとって、よくないことであるのは確実なのだ。 『美智代、あなたはね、お父さんの子じゃないの』 雷鳴が轟いた。いや今日は晴天のはずだ、――けれど、確かに雷の音がするのだ。視界がぐるぐると回った。画面上の、小さな文字が文字を成さない。 メールにはまだ続きがあった。ずっと、ずっと下にスクロールした。 ――きっと、本当の父親の名前が書いてあるに違いない。私が父だと思っていた男は、私が生まれてすぐに死んだと聞かされた。だから、父への募らせた思いは――今でこそ、今だから、受け入れられる気がする。
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