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『美智代、あなたはね、私と、明男の子なんです』
やはり雷鳴が轟いた。開けてあった窓から大粒の雨が入り込み、カーペットに真っ黒の染みが広がっていく。
近親相姦。
ふと単語が脳内に浮かんだ。
これほど――生々しいものなのか。
私が明男にいちゃんと呼び親しんでいた男が、本当の父なのか。
指の震えが止まらなかった。
『お母さん、本当なの』
『ごめんね、美智代』
一体、私は何のために頑張ってきたのだろうか。何を信じればいいのだろうか。
私が明男にいちゃんと呼ぶのを、彼らはどんな眼差しで眺めていたのだろう。
滑稽だったに違いない。
むしろ、明男にいちゃんが私に手を出さなかったのが不幸中の幸いか。
浮気な兄のことだ、有り得ない話ではない。
そんな問題なんだろうか。
『お母さんね、いつか伝えようと思っていたの』
『美智代、本当にごめんね』
『美智代、メールをよんでるかい』
『美智代――』
続けざまに何通ものメールが届いた。ぴろん、という音が虚しく響いた。
明日、辞表を出そう。あんな会社、やめだ。もっと私のことをちゃんと見てくれる会社に就こう。キャリアを積んだ今なら、どこか数社くらい、私を拾ってくれるに違いない。
携帯が鳴った。電話に切り替えたらしい。何度も切れては鳴った。
「もしもし――」
「みっちゃん、早まっちゃダメよ!」
息せき切った声だった。母の声だ。
「お母さん――」
まだ雨の勢いは弱まらない。酷く体がだるい。横になろうとベッドを見ると、お母さんと明夫にいちゃんがその体を抱き合うのが目に浮かんだ。
「美智代、もう一度、よく聞きなさいよ」
「ねえ――お母さん、」
「今日は、何月何日だい」
「だから、あのね――」
「美智代ッ、今日は何月何日だい」
「え、――あ――今日は――」
どうしてそんなに日にちを聞くのだろう。手を伸ばして、インクの滲んでしまったカレンダーに目を凝らした。
「えっと――三月のね、」
いや違う、今日は三月じゃない、今日は――
「どうだい」
「四月――、一日――」
「そう、エイプリルフールだよ」
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