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「もー、来ないから迎えに来たんだよ!」
「……」
返事はしない。
それがいつものことだ。平均台を歩くように屋上の縁を歩くと、フェンスにあいた穴を潜り抜ける。
相変わらずの湿気が、じっとりとまとわりついた。歩くたびに襲う不快感に、顔をしかめる。このじめじめとしたのは、いつまで続くのだろうか。上履きがコンクリートを蹴る音がする。
屋上の階段を下りながら、内心で舌打ちをした。これでは鍵を落とせないではないか。いくら斎野が鈍感で阿呆だとしても、さすがに金属が落ちる音は聞こえるだろう。
さて、どうしたものだか。もういっそのこと、僕が拾ったことにしようか。だが、それでは確実に怪しまれる。自他ともに認める問題児が「そこで鍵を拾いました」と言うのは、自分が犯人だと名乗っているようなものだ。とすると斎野に標的が行くわけだが、それは不可能に近い。
ブレザーのポケットの鍵を握った。
少し前を行く斎野が踊り場で曲がったのを確認すると、すぐさま二階へと足を向けた。
理由は単純。鍵をかすめ取ったのが二階だからだ。
もし今でも世界史の教師が探しているとすれば、二階だろう。吹奏楽部の演奏が不協和音となって耳に届き、顔をしかめた。各々のパートで練習しているのだろうが、綺麗でもなんでもない。
演奏はまだ続いている。問題は誰か出てこないかであるが、そっと鍵を置いた。そうしてサッカーのボールを蹴るように、鍵を蹴り飛ばした。
見えなくなるまで鍵が飛んでいったことを確認すると、そっと駆け出した。
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