都市伝説

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 人を殺すときはこんな感じなんだなと、ぼんやり考える。  そうして、躊躇(ためら)いなく左腕にあて、力を込めた。皮膚に冷たい刃先が食い込む感覚は、すぐに伝わってくる。生々しい生の感覚は、すぐさま形となって表れた。  __冷たい。  その思いも、つかの間だった。ナイフを中心に赤い粒が浮き出る。  傷口から零れ落ちた自身の血で、皮膚が赤く染まった。それは腕を伝い、ゆっくりと、しかし確実に手の皺(しわ)に、入り込んでいく。  それが手のひらと指の付け根まで及ぶと、音もたてずにこぼれ出し、床に小さな赤い点をいくつも作る。ぽたぽたと指の隙間をこぼれる血液は、どれも綺麗だった。  赤い絵の具よりも鮮やかで、他の何を使ってでも表現できない色だと思う。血に近い色は、いくつも見かけた。だが、どれも違う。何かが物足りないのだ。技術ではない、言葉で表せない、けれど決定的な何かが違った。  水たまりのような血だまりがいくつもできて、つながる。   「……ふふっ」  飽きるくらい見慣れた光景に、笑みが浮かぶ。  パーカーとかフローリングの床やカーペットを汚すとか、全く考えなかった。一瞬にして思考が赤く染まる。  小さい子供が砂場で無邪気に遊ぶかのように、ナイフをさらに深く刺し込んだ。ぱっくりと傷口が開き、赤色の断面が見える。  すでに腕全体が血で汚れていたが、黄色い何かが丸く浮かび上がったのは分かった。ああ、これが皮脂(ひし)か、と他人事のように思っていた。  もしかすると、かなり深いところまで刺したのではないだろうか。だとしたら、物凄く面倒くさい。まあ、いいや、後で適当に止血すればいいだろう。
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