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意識的に呼吸をする。
湿った生ぬるい風が肌にあたる。寝不足の不機嫌さをさらに増幅させ、不快だった。雲は先ほどから一寸も動いていない。これは一雨降りそうだな、そう首筋を掻いたときだった。
屋上のドアが、開いたのだ。
誰も来ないだろうと踏んで鍵をかけていなかったのが、裏目に出たのだろう。そっと、内心で辺りを見回す。大丈夫、ここならばれない。
「おーい、K君ー!」
__なんで、お前がここにいることが分かる。
恐怖を通り越して、感心すら覚えた。
屋上のフェンスに、穴が開いていることを聞きつけたのは昨日。そして、今日初めて来たのだ。もちろん、あれやこれやと言われたら面倒くさいので、誰にも見られずに。
そもそも、生徒は屋上の鍵を借りられない。だから、職員室ではない場所からこっそりと取ってきた。暇つぶしに、人の行動を観察していると、その人物の行動に伴う癖が見えてくる。
この場合も、他と同じだった。
屋上の鍵を持つ名も知らぬ世界史の先生は、いつも鍵を普段持っている荷物の中に入れていることが分かったのだ。見ていたところ、癖として定着しているようで、本人は無意識である。
あとは簡単だ。
悪知恵と言うものはよく働くもので、鍵を盗むシナリオは授業中にできた。
世界史の授業が終わり、適当に理由をつけて、荷物を持つのを手伝う。ともに廊下を歩きながら、先生が持っている黒いカゴに、『屋上』とタグの着いた鍵があることを確認する。
それに狙いを定め、二階の職員室のドアを開ける際に「荷物、持ちましょうか?」と気の利いた言葉を言う。先生が疑いなく黒いカゴを渡したその瞬間に、鍵を掠め取ったのだ。
先生はその後も授業があるため、せわしなく準備をする。だから、必要のない鍵のことなんて気にしている余裕はない。
なぜだかよく知らないが、世界史の先生は僕に絶対の信頼を置いているらしい。もしかすると名前を聞いた瞬間から、悟っていたのだろうか。……いや、考えすぎか。
ちなみに、ぶつかるという手もあったのだが、それはあまりにもわざとらしすぎるというので、却下した。
そんな荒っぽさが目立つ手順で、屋上の鍵を盗んだ。
先生には悪いことをしたが、どうしても気になったので犠牲になってもらうことにした。
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