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言葉を口にはしていないものの、きゅーちゃんの感情は涙目の表情になり、しっかりと隆義に伝わっていたのである。
(おいおいおい……どうすりゃいいんだ?)
(たべたいー。けど、うちもうしんどるけぇたべられんー)
(ぐぬぬ……)
隆義は、しっかりとマーマレードが乗ったパンの一部を、正方形の形にちぎった。自分にどうにもならないと解っている上での、苦肉の策である。
「……なんか、口の中が痛い。……残りは、ゆっくり食う」
隆義はそう言うと、パンを皿に乗せて、きゅーちゃんに目配せした。
その場からのそりと立ち上がり、隆義の足は二階にある自分の部屋へと向かう。そして、きゅーちゃんも隆義の後ろに続いた。
「んー……」
部屋に戻ると、きゅーちゃんは早速、皿の上のパンの切れ端と格闘を始める。もう幽霊の身で、少なくとも現世で食事をする必要は無いのだが──パンに触れようとする手は、彼女の意思に反して延々とすり抜け続けている。
「ていっ! えいやっ! えーい!」
段々と、きゅーちゃんの手の動きと叫びが、気合いを帯びた物に変わっていく。一生懸命な表情だが、やはり掴めない。ついに疲れたのか、息を切らせた手の動きが止まる。
「やっぱりだめー……」
「きゅーちゃん、大丈夫?」
隆義は、きゅーちゃんの頭に触れた。
「うー…………?」
その瞬間、きゅーちゃんは違和感を感じた。いや、懐かしい感覚とでも言うべきか。
髪の毛と頭が、何かに触れている感覚だ。
「……え? たかよし、うちのあたまにさわっとる?」
「?」
隆義が驚いた瞬間、その感覚は消える。同時に、きゅーちゃんのクセ毛になっている旋毛の三本の毛が、隆義の手を素通りして、手の甲の上にぴょこんと跳ね上がった。
「……今、少しの間だけだけど、触れたみたいだ」
二人は顔を合わせ、目を丸くしたまま見つめ合う。
その時──
「隆義、うちらは行くけぇねー」
「行ってきまーす」
──準備を終えた母と姉が、玄関から声をかけてきた。隆義はさらに驚いたが、すぐに落ち着いて部屋の戸を開く。
「わ、解ったー。行ってらっしゃーい!」
階下の玄関に向かってそう言うと、隆義は戸を閉じる。同時に、玄関のドアからは鍵をかける音が聞こえてきた。
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