第1章

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「こんなはずではっ!」 薄暗い室内で薬品で汚れた白衣をごみ箱に投げ入れながら東英駿教授はここ1週間の間に起きた非日常に頭を悩ませていた。 生物学の研究の第1人者、彼の研究に失敗はない。 それが東教授の誇りだった。 「だから私は最初に断ったのだ。西沖くん、西沖くんはどこだ」 苛立ちを抑えることができず口調が強くなる。山ずみの本の間を行ったり来たりしながら、東教授は西沖という名の助手の青年を待った。 「何すか教授…」 のんびりとした口調で東教授に返事をする声が室内に響いた。東教授は顎に手を当てて立ち止まり入り口を見るが声の主の姿はない。眉間のシワが増えた瞬間だった。 「ここっすよ教授」 苛立ちを抑えながら声を頼りに探すと、寝袋から頭だけ出した状態のミノムシのような生物が床の上でもぞもぞしていた。 「君は一体ここで何をしている?」 呆れた口調で尋ねると、その生物はやっと寝袋から顔を出した。 「寝てました」 「そんなことは見たらわかる。私はこの状況で何故寝ているのかと聞いているのだが」 「焦ったって良いことないっすからね。それで教授、俺に何の用っすか?」 寝袋から時間をかけて出るとボサボサの頭を掻きむしりながら西沖は教授を見つめた。 「君のその精神には負けるよ。実は君に頼みたいことがあるんだ」 「何すか改まって。新しい白衣を持ってこいとかっすか?教授、苛立つ気持ちはわかるっすけどごみ箱に入れるのはやめたほうがいいっすよ」 「君に頼みたいのはそんなことじゃないんだよ…」 東教授は西沖のその変わらない態度に頼みの綱が切れてしまったかのように暗い表情をした。 東教授がここまで精神的に追い詰められているのには訳がある。 20××年、日本の犯罪件数は過去のどのデータよりも高く遂に世界でもニュースで頻繁に取り上げられ危ない国だというレッテルを張られてしまった。 そんな国だからか観光客は減少し、むしろ日本人の海外移住率が増加の傾向にある。 そんな日本に昔のような活気はなく、外出を控える人がほとんどで多くの中小企業はいつも赤字に苦しめられていた。 それを制するため政府は犯罪抑制政策を実行することにした。
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