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わからないのかと思わず言いそうになったのを影沼は必死でこらえた。両腕を組んでんーっと唸る、山都は本当に気づいていないようだった。滑稽を通り越して、哀れでちょっとだけ意地悪したくなった。
「貴方のことが好きだからだと思うよ」
「は? 誰が?」
「貴方のことを、自転車で追いかけてきた子達だよ」
「いやいや、なんであんなに怒ってるのに、好きになるんだよ」
わけわからんと唸る、山都に影沼はクスリと笑った。まるで子供みたいに頭をひねらせる山都。好きだから、あんなに怒るのだと教えても彼にはわからない。好意を寄せられているのに、全く気づいていない。鈍感と言うことは簡単だったけれど、たぶん、それがいいのだろう。下心や見返りのない正義ほど、心地良いもよはないからだ。
「わからないなら、わからないほうがいいんじゃない」
プイッとそっぽを向いた。影沼は言う。きっとこの人には、わからないほうがいいのだと勝手に思う。
「そういうものか」
と頷き、山都は大きな欠伸をした。
「寝不足なの?」
「まぁな。一週間くらい仕事してきたんだ」
「どんな仕事?」
「何でも屋って言えばわかるか? 客から依頼を請け負ってそれをこなす仕事」
「何でも?」
「おお、とにかく幅広くやってるな。一番、大変だったのは熊だな。畑に出没する熊退治、あれは大変だった」
「嘘臭い」
嘘じゃねーよと言う。山都に影沼は聞いた。
「嘘じゃないって言うんだったら、私の依頼っていうか、相談、受けてくれる? 恋愛相談なんだけど」
「俺なんかより、他の奴に相談したほうがよくないか?」
「他の人にも聞くけど、貴方にも聞きたいの。それとも嘘なの?」
他の人に聞くというのは、方便にだ。影沼は、山都大聖に聞きたかった。まぁ、聞くだけならなと答えた、山都に、
「もしも好きな人がいて、その人に他の好きな人がいたら貴方だったらどうする?」
と質問した。意地悪だと思うし、嫌な質問だと思った。
「…………うーん。そうだな。俺なら諦めないだろうな」
「叶わない恋だとしても?」
「そうだ。他の奴は知らないけど、俺は諦めない、いや、諦めきれないと思う」
どこか遠くを見つめる、山都の横顔を見つめながら影沼はさらに聞いた。
「貴方にも好きな人がいるの?」
「好きかどうかはわからないけど、守りたい人はいる」
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