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酷く厳重な警備をしかれている施設だ。周りを歩いても出入りできる所には警備員がたっている。
明らかに関係者ではない彼は入ることもできそうになかったが、仕方なく正門から行くことにした。追い返されたら言い訳がたつ。
だけど、そんなタヌキの皮算用は大きく裏切られて警備員は彼を見てすぐ人の好い笑みを浮かべて門を開ける。まるで知り合いにせっする様なスムーズさに疑問を感じるも大人しく従うことにした。
受付に行けばすぐに部屋に案内すると言われてしまった。入りたくない思いとは裏腹に都合よく進む展開に無性に苛立った。
同時になぜ、ここにいたくないのかがわかってきた。答え合わせはすぐしめされる。
「こちらの部屋になります」
案内された部屋に1人で入ると、そこはアトリエだった。
たくさんのキャンバスが並び、絵の具や木、ニスの匂いが充満している。あまりに見慣れた光景に彼はため息をつく。
並べられたすべての絵の端には彼の名前が署名されていた。
「よく来たね」
ぼんやりと部屋を見ていると、後ろから声をかけられた。振り向けばいつの間に入ってきたのか白衣を着込んだ壮年の男がいる。
髪を綺麗になでつけて、無骨なメガネをかけた彼は手に持った缶コーヒーをユマに差し出した。
「外からここに来るのははじめてだろう?迷わなかったかい?」
「ええ、すべて用意されていましたから」
「そうか、あの子らしいなぁ。彼女は元気にしているかな?」
「元気みたいですよ、今度結婚するそうです」
そうかと男は好々爺の様に笑った。そして、部屋の中に置かれた絵の中で一際大きいものに目を向ける。
他のものとは違い、そこには署名がない。まだ完成していないのだろう。
「吉川先生」
彼は男をそう呼んだ。
「俺はなぜ、ここに呼ばれたんですか?吉川先生が呼んだんですか?」
吉川はコーヒーを一口呷り、首を横にふる。
「君に全てを教える時が来たんだ」
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