【14】吉上 

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若いふたりの華燭の宴は5月と決まった。 善い日取りを選んだだけなのに、図らずもこの日はふたりが初めて夜を過ごした、お互いの時が重なり合うようになった起点の日だった。 「去年の今頃は顔を合わすとハリネズミが背中を逆立てるようだったよね」と幸宏は言う。 「本当にね」と言う幸子に、幸宏は「おや」と返し、「まあ、いいか」と小さく笑った。 結婚も二度目となると、少しでも目立たないように、ひっそりでかまわない、と幸子は言った。 まだまだ一人前には程遠いから、分相応にしたい、と幸宏は言った。 特に年明けて仲人として柊山が幸子の郷里へ来た時の仕度は質素とは言いがたく、両親も物見気分できた知人近所の人たちも目を丸くする。すると、仕度は両家競うようにどんどん大がかりなものになっていき、新郎新婦の意向は無視された。 再度、ふたりは主張した、ひっそりと分相応にしたいのだ、と。無視された。 「こちらは僕で押さえておくよ」幸宏の当惑する声が電話の向こうでつぶやく。 「けど……君はどうなの、やっぱり、盛大に用意しておくかい?」 きれいな晴れ着に心惹かれないと言えば嘘になった。けれど、今は一頃ほどではないにしろ華美なものはまだまだ贅沢品。庶民には手出しできるものではない。それに彼女は一応出戻りだ。気後れがした。 「心の中であり得ないくらいきれいな晴れ着を着るわ」 「じゃ、僕は想像して楽しむ」 ふたりは同時に笑った。が、すぐに沈んだ声で幸宏は続けた。 「手短に言うよ」 「どうしたの?」
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