【14】吉上 

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◇ ◇ ◇ 「せっかく戻って来たところなのに、もうお嫁に行ってしまうのね。目出度いことなのに、さびしい」 公子は泣き笑いをして上京してきた姪を出迎えた。郷里ではまだ咲いていない桜が咲き誇る季節だった。 置きっぱなしだった私物を幸宏の家に移した。わずかばかりの衣類、本、ノート、そしてたくさんの思い出を詰めて、幸宏とふたりでリヤカーで運んだ。 前を行く幸宏の背中は、広く、たくましかった。頼もしく思った時、幸子は身の内に思慕以上の熱を感じ、ひとり赤面する。 彼が前を向いたままでよかった。照れで赤くなっているだけじゃないのだ。 彼は、徹頭徹尾約束を守る人だった。特に男女間の睦み事に関しては。 決して触れない、と宣言したことをそのまま実行した。模範的で修身の教科書に推薦したいくらいだった。 手を繋ぐくらいはした、幸子を訪ねて駅のホームで再会した時、抱きしめられもした。けど、それより先に進まない。人目のありなしに関わらず、彼女と距離をとり、それ以上のことはしない。 ――いいのに。 彼が望むなら。抱擁も口付けもそれ以上のことも。 幸子には、もう幸宏を拒む理由はない。 だからなのだ。 男を信じてくれと言う、幸宏の意志は固い。 なのに、あの背中に頬寄せたい、彼の手で髪を撫でられたいと願ってしまう。 口付けしてほしい、もっとそれ以上のことも、と、身体の内側が暴れている。 かつて彼女が会い、相手させられた男たちには何ひとつ感じたことのない欲望が彼女を支配する。 男が出す淫気は良くても、女が出すことは憚られる。 淫売婦じゃあるまいし。みっともなくも恥ずかしいから ――そうなの?
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