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◇ ◇ ◇
東京と郷里を行きつ戻りつする日々もじき終わる。
ふたりが暮らす新居にほど近いところで、とても簡素な式を挙げた。質素な披露宴はごく身近な人たちだけに集ってもらった。
幸子は想像したこともなかった、一度目の結婚から逃げるように上京して音信を断ち、明日が見えなかった自分が、花嫁として別の男性の元に嫁げるとは。
好きだ、一緒にいたい、共に生きていこうと告げる幸宏の言葉だけが頼りだった。
父や隣にいる母が遠くに映る。ふたりともこんなに小さく、老いていたのかと。
実家から出る直前、両親は言った、「今度こそ、我が家の敷居をまたごうと思うな。帰る家はないと思いなさい」
家出と新たに家を作るために出て行くのはかなり違う。人生に覚悟を決めなさい、と伝えてくる。
初めて嫁ぐ時と同じように、床の間がある部屋で、両親の前で三つ指を着き、言った。
「今までありがとうございました」と。
結婚は皆がしているものだ、ひとりでは生きていけないから、番になって家庭を作る。子を持つ。義務だから、皆そうする。
――けど、簡単ではないのだ、一度夢見、憧れだけで所帯を持とうとし、幻滅と失望と身が汚れきった私には。
様々な思いが、披露宴の最中も去来する。
集う人たちの顔をひとりひとり眺めた。どの表情にも影はなく、談笑し合う姿は温かい。
幸宏の伯父と幸子の父を除いては。
牽制し合うようにかしこまる姿は、顔を変えてはいるけれど判を押したようで、つい笑いを誘われた。
きっと父は内心こう思っている。もっと良い家具を道具を揃えたかった、式も大がかりで大勢の客を招きたかった、と。
それは幸宏の伯父も同感だろう。
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